お菓子の歴史エピソード
   −田道間守(たじまもり)



 

 これは果物の橘を菓子の起源とする、菓祖神にまつわる伝説をです。 「垂仁天皇の頃、天皇は田道間守(たじまもり)に、常世の国(中国南部からインド方面)の不老不死の理想郷に行き、”ときじくのかぐのこのみ”(非時香具菓、今の橘)を求めに帰化人の田道間守を遣わされたお話です。艱難辛苦の9年間シナとインドとを経た末ようやく手に入れた木の実を持ち帰ったところ、すでに垂仁天皇は崩御され、嘆き悲しんだ田道間守は垂仁天皇の御陵にもうでて帰国の遅れたお詫びと約束を果たしたことを報告し、持ち帰った橘の半分を墓前に捧げその場を去らず、絶食数日、殉死した」といわれるものです。
 後に聖武天皇が「橘は菓子の長上、人の好むところ」と言われ、古代の菓子が「果物」の意味もあるところから、田道間守はを菓祖神として各地の菓祖神社に奉られています。

 この伝説を歌にしたものがあります。昭和17年3月刊の「初等科音楽(1)」国民学校初等科第三学年用に収録されています。


  

  

1 かおりも高い たちばなを
  積んだお船が いま帰る
  君の仰せを かしこみて
  万里の海を まっしぐら
  いま帰る 田道間守
  田道間守

2 おわさぬ君の みささぎに
  泣いて帰らぬ まごころよ
  遠い国から 積んで来た
  花たちばなの 香とともに
  名はかおる 田道間守
  田道間守