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13頁 「栗」を素材とした銘菓試作品を作製 目次に戻る
くまもと菓子博で販売された菓子は次の2種類。しおりに掲載された説明の要旨は次のとおり。 ◎「結の華」(栗しぐれ) 全国第二位の生産量を誇る熊本の栗、この熊本の良質な栗を百%使った熊本銘菓「結の華」。 県内の菓子の匠が吟味し、技を競って誕生したこの栗銘菓は、熊本を代表する逸品に仕上がり、くまもと菓子博2002の代表である潮谷義子熊本県知事により「結の華」と命名されました。「栗」本来の美味しさと匠の技が織りなす手作りならではの味をご堪能下さい。 『結の華』命名の由来 ・菓子職人がくまもと某子博2002の開催を機に、伝統の技を結集していくという「結」 ・お菓子を通じてお客様や菓子関係者の方々とのパートナーシップを結ぶという「結」 ・結納やお茶の席に、また結婚式の引出物にもふさわしく、縁を結ぶという「結」 この三つの意味を込めて「結」、そしてしっとりとした中にも「華」やかな味わいもあるお某子ということで「結の華」と名付けられました。 ◎まあろんだんご 全国第二位の栗の産地である熊本の良質な栗を百%使った、くまもと銘菓「まあろんだんご」。熊本県産「栗」百%のこだわりの栗ぺーストに、生グリームをブレンドしたなめらか口当たりの栗タレを、もちもちのだんごで包んだ新・食・感のお菓子」です。「栗」本来の風味が美味しさの秘密!お士産に、家族のだんらんに最適なお菓子です。 「まあろんだんご」にちょっと手を加えたら、新しい美味しさが発見できます。温かいぜんざいの中に入れたり、冷たいままヨーグルトと一緒に食べたり、ココアをまぶしてみたり、食べ方いろいろ!楽しんでみてください。 14頁 くまもと菓子博2002を終えて 目次に戻る 熊本県菓子工業組合 北川和喜 ![]() 熊本人のやる気になればできる、の気質が夢を実現 11月18日、最終日の最後のご来場者を、慢心の笑顔でメインゲートにてお見送りしながら、溢れ出る涙! この瞬間のために4年以上の歳月を費やしたくまもと菓子博二〇〇二が成功裏のうちに閉幕致しました。目標をはるかに超えるご来場者をお迎えして! 共に取り組んできた組合の仲間、事務局スタッフと抱き合い涙し、固い握手を交し合い、かって経験したことのないすばらしい感動を体験させて頂きました。それも一言で語れない大変な苦悩の歳月を乗り越えて得たものでございます。過去23回の菓子博を、延々と開催してこられた全国各県の菓子工業組合の諸先輩方々のご努力、ご苦労に身をもって体験させて頂いたところから、心より敬意を表し又熊本へのご支援、ご協力に感謝申し上げます。8年前にさかのぼりますが、組合の役員改選があり園田理事長(今回の菓子博会長)が選任され、私になぜか専務理事をとのご依頼がありました。これまで菓子組合には父が関わっており、まったく組合のことが分からないまま、お受けした次第です。 このとき私が菓子博の事務局長をしなければならない運命になるとは! 平成9年にその兆し、岩手菓子博の準備時期が迫ってきた頃、組合員の中から次期の候補に手を上げたらという声が出てきました。当時熊本の組合員は百二十名ほどで全国でも下位の組合でした、会員増強は理事長のスローガンのひとつであり菓子博が引き金になればという思いもありましたが、なにせ組合には資金がまったくありません、会費意外にさらに手出しをしてとなると、まず協力も得られないだろうというのが、私の気持ちでした。それよりもきっと、何県かエントリーするところが出て、熊本に決まることはないだろうと私はひそかに願っていました。きっと役職がら自分が大変になるだろうと(事務局長には意外でした)…今だから言えますが!しかし熊本人のやる気になればできる、の気質が心配もそこそこに夢を実現に近づけて行ったのです。なんと熊本以外に開催希望県が1つもなかったのです、理事長と共に急ぎ県庁へ。 開催会場は当時建設中でした総合展示場グランメッセ熊本が大きな要因となり、会場費が安くなるだろうと、予算も岩手博の半分で計画しました。県の担当課商工振興課では、規模がすぐに理解できず対応に苦慮され、組合に問われたのが収支予算書を出すことでした。こちらは、決まりそうなので協力してほしいと伺ったのに、県からは依頼するときはすでに予算が決まっており、そのなかの負担を依頼するのが常識と、具体的に何も決まっていないことに呆れていた様子を覚えています、そう言われて見ればそうだな。と 長い道のりがスタート とにかく、年内に県、市の協力を得なければと金沢博の決算書を参考に年末の多忙時期に地元企画会社の方に協力して頂き、根拠のほとんどない予算を何度も持参し訂正、訂正で御用納めの日に駆け込み届けたものでした。 年明けからは4月開催される岩手博の準備と、岩手で承認を受ける前提で熊本菓子博が動き始めました。岩手博閉幕後長い道のりがスタートしました。しかし、何から始めたらいいのか!まず資金造りと一二〇名で負担金を積み立てようとなりましたが、退会届が数件出ました、1会員、月千円で開催まで40回、役員、大手企業で口数を増やし組合の資金としました。地元協賛商社のご協力も戴きました。地元の知識人6名にシンクタンクとして組合へ助言等お願いして進めていたのですが、会場のグランメッセがオープン後、予想していた入場者のキャパが思っていたより少ないことが判り目標入場者数を下げるかで、県、シンクタンクと組合が折り合いつかず、一時暗礁に乗り上げたことがありました。シンクタンクのメンバーは私の知人でしたので、辛いところがありましたが組合の考えを重視し引いていただきました。組合内部でも意見が分かれ、縮小したらの意見もありましたが、園田理事長が書かれた「基本構想策定にあたって」を基本にした考えの中で、45万人以下の目標では菓子博とは言えないと固い決意のもと、会場を熊本城に移す考えを組合で検討し始めました。このころから組合内で本当にできるのだろうか、不安をもらす声が出始めました。 準備委員会の事務所は地元製粉会社のご協力で空きプレハブ15坪を無償でお借りし、事務員1名、パソコン一台で開設しました。とにかく組合員の気持ちがひとつになることが大事と毎週準備委員会を開催し意見交換を行いました。主に理事を中心に組合有志を募り遅くまで話し合い、激論をかわしました。これがお互いの信頼関係を強めて生涯の仲間と成り得たと思います。県の指導もあり企画会社を地元からコンペで選ぶこととなり、熊本城構想で企画書が上がり決定しました、これからが又、苦難の連続でした。進めていくうち熊本城周辺での開催が難しくなってきました。我々では判らない色々な世の中の仕組みが難問を出してきます。そういう中に、県から再度グランメッセを使えないかと提案があり益々、組合の中が揺れだし断念しようかの激論となりました、この時点ではもう引けないと私は確信していましたので、大声で篤く意見しました。会場がどこになろうと、規模が縮小しようと先人がここまで継承してこられた菓子博を次世代へ継承していく義務を熊本は受けたのだと。 古谷前理事長から気使いのお言葉 このような時に、前全菓連古谷理事長から、北川さん話したい事がある、全菓連まで来てほしいとのことでした。理事長は、会場が決まらず苦慮している状況をご存知でした、今なら菓子博を断念しても間に合う、無理してはいけないと気使いのお言葉でした。組合としてどう考えているのかを知りたい、と。私は、内容は変更していくかもしれないが、皆でやり遂げますと返事をしました。真にご心配戴いた、故古谷前理事長に是非ともくまもと菓子博を観て頂きとうございました。 熊本菓子博を夢見た父 実は、私の思いのひとつに、父のことがあったからです。当初熊本菓子博が決まったころ、会社の仕事がおろそかになる、菓子博後会社が大変になった組合員がおられる、事務局長拝命後は特に心配していました。ところが、先に父が県菓子工理事長を拝命し、地元新聞に紹介された記事の中に「菓子博を熊本で開催するのが夢」と書かれていたのを見つけました、80歳を越え菓子業を全うしてきた父にとって、やはり心の中では熊本菓子博を夢見ていたのだと! 結果として父は実行委員会の監査役を拝命し夢が現実となりました。私も父が喜ぶ姿を見るためにも菓子博を成功裏に終えなければとできる限り努力させて頂きました。 デスクにはいつもお菓子が! 事務局長をお引き受けしたのも、業界内外、行政OBとお願いして回りましたが、適任者が決まらず、タイムリミットが来て専務理事の北川に白羽の矢!2年間の私不在中の自社対策を社員全員で検討し、人的補強・機械設備・部署の責任者との連携・など社内皆で菓子博を成功させようと意識の高揚を掲げながら、開催期間中は全員が会場ボランテイァの体験をさせて頂き、生涯社内で菓子博談義ができるようになりました。事務局長の役割は官公庁の後援依頼、貴重な経験として寛仁親王殿下ご推戴のため赤坂御所へ園田理事長のお供をさせて頂きました。また全国各県の組合の皆さんとお会いでき暖かい励ましのお言葉をたくさん戴き心強くさせて頂きました。毎日、実行委員会事務局に通う日々、県・市・組合で組織する総務部・企画調整部・施設運営部・出展褒賞部から毎日遅くまで作業された山のような決済書類に目を通し、ハンコを押す。毎晩遅く車で30分の自宅へ、本業を忘れてしまいそうな日が続きました。でも30数名のデスクにはいつもお菓子が!菓子博ですから。組合員の色々なお菓子の差入れあり、何度か事務局を移転しましたがその度赤飯も戴いたり、楽しいお菓子の博覧会事業に取り組んでいることを忘れないように心がけていきました。 1年後、再会を約束 まだまだ書き尽くせないほどの体験と思い出、生涯の友となった事務局スタッフの仲間の顔、顔。1年後の11月に再会を約束し、それぞれの次の人生を歩みだしました。きっと皆菓子博の貴重な経験が役に立つことを期待して。 菓子博が、これからも延々と継承されていかれることを願います。 15頁 第1回持ち寄り勉強会「熊本伸技会」を開催 目次に戻る 熊本県菓子工業組合(理事長堤公一氏)では、9月11日、丸菱技術センターに第1回持ち寄り勉強会「熊本伸技会」を開催した。 同会は熊本の菓子業界のレベルアップと親睦を図るため、考案中の菓子を持ち寄って意見を交わし合うもの。年4回実施する予定で、簡単な写真集も作成していくという。 当日は十五夜だったこともあり、秋をテーマに羊羹や上生、朝生、引き菓子など数十品が展示された。 16頁「菓子博ありがとう1周年 くまもと菓子祭り03」を開催 目次に戻る 熊本県菓子工業組合(理事長堤公一氏)では11月1〜3日、フードパル熊本において「菓子博ありがとう1周年 くまもと菓子祭り03」を開催した。 会場では先ず、オープニングにケーキとどら焼きのカットが行われた。屋内ではお菓子の年表コーナーで月ごとに季節の上生菓子を展示した。伝統工芸菓子コーナーでは菊やあやめなどが並べられた。来場者に組合員が教えるお菓子の体験コーナーではみかんとききょうの生菓子を作った。実演コーナーではきんつばを焼き、お茶席でもその場で作った練り切りを抹茶と一緒に提供した。また、お菓子と健康のコーナーではパネル展示と全菓連で作ったパンフレットが配られた。 屋外では全国のお菓子コーナーの販売ブースを設け、くまもと菓子博で人気のあった菓子を販売した。結の華やまあろんだんごなど菓子博用に作られたお菓子も売られた。また、ステージでは子供達による和太鼓や猿回しなどのアトラクションも行われた。 17頁 「肥後菓子道場」を開催 目次に戻る
熊本県菓子工業組合(理事長堤公一氏)では菓子業界のレベルアップと親睦を計るために「肥後菓子道場」を開催している。
同道場は、考案中、販売中の菓子を持寄って、意見を交わし合い、他社の菓子を見て、勉強することで、より良い菓子作りをしていくために、平成15年9月より立山事業推進委員長の下スタートした。年に4回、3月「春」、6月「夏」、9月「秋」、12月「冬」をテーマに開催している。 3月10日には、丸菱技術センターで第7回が開かれた。創作菓子は「弥生」、「卯月」、「皐月」を題材に蒸し饅頭・朝生・上生・焼菓子・細工菓子などが持ち寄られた。
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