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| 1頁「お菓子のくに・やまぐち」作成 目次に戻る
○岩国・柳井 「城下町、白壁の町、みかんの国からの贈りもの」吉川公のお膝元の城下町や文豪ゆかりの地の銘菓。 ○宇部・小野田 ○萩・長門 2頁さあ、山口県をかっぽしよう 周遊スタンプラリー 目次に戻る 山口県菓子工業組合(理事長倉本博司氏)は「消費者啓発・需要拡大に向けた事業」として「お菓子のくに」周遊スタンプラリーを実施している。「さあ、山口県をかっぽしよう」をテーマに行われている同キャンペーンはきらら博会場を含めて県内を16地区に分け、消費者に回っていただくようになっている。 各地区のキャンペーン参加店には「やまぐち菓子まつり」と書いてあるのぼり掲示しており、その店で買い物をするとスタンプラリーの台紙に各店のシールが貼られる。地区ごとにシールを集めて3枚(地区)以上になれば台紙を組合まで送っていただく。 また、シールの数に応じて賞は分けられており、抽選で賞品をさしあげるようになっている。抽選も7月、8月、9月と3回チャンスがある。また、ダブルラッキープレゼントとして最後の月に応募者全員を再度、抽選して温泉宿泊券をプレゼントする。 3頁 山口県菓子技能競技大会 目次に戻る ![]() 山口県菓子工業組合(理事長倉本博司氏)では消費者啓発・需要拡大事業を活用し、6月12〜16日に宇部市・フジグラン宇部において「第12回山口県菓子技能競技大会」を開催した。今回は38点が出品し、審査の結果、上位賞は次のように決定した。 敬承略。 ◎最優秀賞・山口県知事賞 ・金子克彦(P金子製菓)引菓子三ッ盛 ・砂田健夫(Mメルシー)マジパン食いやがった ◎全国菓子工業組合理事長賞 ・坂田淳一(虎月堂)工芸ピエスモンテ ◎日本洋菓子協会連合会会長賞 ・西田治(ケーキハウスチカヨー)マジパン花 また、本年は会場内において菓子博第一次審査会も実施した。審査会に出展した百六十品は全て会場内に展示された。 また、物産展も行い、もみじもちや山陽もなか、クッキーやパイシューを販売した。 組合員の方は「今回は大型スーパーの中で、3つのイベントを同時開催したので、多くの消費者に見て頂くことができました。また、菓子販売の売れ行きもよかったです」と語られた。 4頁 待望のホームページ「山口県のお菓子屋さん」を開設 目次に戻る 山口県菓子工業組合(理事長倉本博司氏)ではこのほど待望のホームページ「山口県のお菓子屋さん」を開設した。 同ホームページでは先ず組合員のお店が登録され、屋号や住所、Eメール、電話番号など二五八店が分かるようにされている。 また、「県組合のお菓子紹介」ではページでは「おもだが」を次のように載せている。沢瀉(おもだか)は水辺に自生する植物ですが、武運が良くなる勝草と呼ばれ、毛利(もうり)家の裏紋に伝えられています。山口県統一銘菓として昭和62年につくられた「おもだか」はその縁起のよさにちなんで名付けられました。外郎(ういろう)をベースにした皮で、栗を混ぜた黒あんを包んだ和菓子です。 「支部組合のお菓子紹介」では下関支部の「関のふく丸」、「晋作餅」、「赤間外郎」を写真入りで紹介している。 トピックスでは「第12回山口県菓子技能競技大会」と「百mロールケーキ」を写真入りで紹介。特に「百mロールケーキ」は次のように掲載されている。 下関市で、市名誕生百周年記念行事があり、全長一〇二mの長大バースデーケーキが同市向洋町の市陸上競技場に登場。集まった三千人の市民に振る舞われた。 ケーキは下関菓子組合(小熊坂孝司理事長)が寄贈した三千人分のイチゴのロールケーキ。卵四千個、小麦粉46L、牛乳20Lを使い、市内十店が直径13B、長さ50Bずつ焼いて早朝に持ち寄った。 ![]() 午前7時半から会場で、同組合員ら約50人がバタークリームを塗ってつなげ、過去百年間の出来事を書いた”年表”板チョコ百枚、西暦にちなんでイチゴ二千二個を飾った。百本のロウソクを立て、市民が誕生日の歌を合唱して祝った。 計測の結果長さは、百二・一四m。これまでの記録百・四三mを越えた。 下関市は一八八九年(明治33年)に赤間関市として誕生、千九百二年(明治35年)6月1日、現在の名前になった。 4頁「ふく梅を食べてふくを当てよう」 目次に戻る 山口県菓子工業組合(理事長倉本博司氏)では消費者啓発、需要拡大事業を活用し、2月23日〜3月2日に梅観賞スタンプラリーを行った。 これは防府天満宮や冠梅園など県内8ケ所の梅まつりにあわせて行われ、「ふく梅を食べてふくを当てよう」をテーマに、3ケ所以上でスタンプを押してもらうと、三角くじが引けるようにしたもの。特賞はふくさしセット、1等は山口県産米はるる5L、2等は県の銘菓おもだか、3等はたべさんせ外郎と全て、県の特産品が用意された。 また、毎日、各梅園において先着50名に抹茶とふく梅(ぎゅうひ製、中は白餡)を配った。 5頁 銘菓「郷土史菓 長州五傑」を開発 桃山と外郎の2種類 目次に戻る ![]() 山口県菓子工業組合(理事長倉本博司氏)ではこのほど県組合の銘菓「郷土史菓 長州五傑」を開発した。菓子は桃山と外郎の2種類で、パッケージに明治維新で活躍した山口生まれの5人を描いている。桃山には五傑が訪れたロンドン大学の透かしが象られている。 説明書きは次の通り。 明治維新前夜、欧米の列強から開国を迫られていた日本にあって、長州藩は将来を見越し、西洋科学を積極的に取り入れる必要性を痛感していた。 文久三年(一八六三年)五月十二日、長州藩の藩命により、ロンドン大学に留学するため、国禁を犯して横浜から船出した山口県生まれの五人若者がいた。 英国で学んだ彼らは帰国後、新生明治府の中心となって日本の近代化のために尽くした。この5人の若者こそ「長州五傑」と今なお英国で語り継がれる「内閣の父・伊藤博文」「外交の父・井上馨」「鉄道の父・井上勝」「造幣の父・遠藤謹助」「工学の父・山尾庸三」その人たちである。 この五人の若者の勇気と情熱を称え、五人に縁のある山口県の銘菓をつくりました。 6頁 組合員による研修会を6月8日に開催 目次に戻る ![]() ![]() 山口県菓子工業組合(理事長倉本博司氏)では昨年12月に完成した、研修棟(事務局併設)で組合員による研修会を6月8日、開催した。 これは昨年より講習会、研修会が常時、開ける環境作り(関連機械、机、椅子、冷暖房、マイク設備等)をすすめていたがすべてが完成したのを記念して、行われたもので今後、月、1〜2度の割で実施する予定である。 この度は柿落としで、講師に組合員のお菓子のピエロ(代表取締役大日田哲男氏、一級洋菓子技能士)と賛助会員の三笠産業?と共催で、新菓子原料素材(栄養味料ファインパウダー・超微粉砕野菜パウダー)を使用した和菓子講習会を行った。定員60名を上限として、先着順に受け付けたが直ちに定員オーバーとなる盛況振りで関係者は嬉しい悲鳴を上げている。 好天に恵まれた当日、組合員が集い、情報提供の場が自然に出来上がる中で、昼食をはさんで6時間の研修会が開催された。日頃、親しい仲間が講師だけに研修の途中でも質問が続々と出る次第で、真剣かつ活気に満ちた研修会となった。同組合は今後も賛助会員と共催で新素材をはじめ、地産地消運動を進めながら、取組むことにしている。 7頁 防府市に開業して2年になる「和菓子はなかご」 目次に戻る 店主の安村正宏さんは38歳。店頭の上生菓子の数々は、繊細であり季節感を出すために週ごとに入れ替える。また、ねりきりに洋素材を使用したり若い感性を生かしたアレンジを加えたり、従来の固定観念にとらわれない冒険心にあふれ、時には遊び心を出してお客を驚かせる。自家製あんをつるりとていねいに包まれた饅頭は、ひと口頬張ると程よい甘みが広がり期待を裏切らない。他にはおはぎや大福など和菓子の定番が並び、これらを早朝から一人で作り上げる。 驚いたのは彼の経歴にあった。大学で化学を学び、音楽家を目指して上京する。しかし現実は厳しく、故郷に戻る決意をしたのが26歳。それから市内の和菓子店で和菓子職人としての道に入り、菓子を作り上げる魅力に惹きつけられる。「今があるのは元来の性分が適していたのと、修業先から教わった」と感謝の気持ちも忘れていない。人より遅いスタートを自覚しているからこそ、付き合いも進んで行い他店の先輩方からも気兼ねなく指導を受け、わからないことは聞いて歩いた。良き師匠と先輩に恵まれたのも彼の人柄があってのことである。創業に際して会議所が主催する創業塾で経営を学び足元を地につけることも行った。 記念日には希望に応じて浮島や求肥をケーキのように仕上げる。100円玉を持って子供が饅頭を買いにやってくる。招かれれば講師として出向く。興味を示す子供達の様子に「和菓子も捨てたもんじゃない」と地道に貢献している。彼の努力と汗は繁盛ぶりから窺えるが、謙虚である彼の姿勢に涙が滲み、奥様と二人三脚でこれから積み重ね受け継がれるであろう暖簾に期待してやまない。 お店データ 和菓子はなかご 店主 安村正宏 住所 防府市高井1132-1 電話 0835-22-1686
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