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・全菓連 理事長 岡本楢雄
20. カーライフの近い未来像 「ETC」「ITS」「DSRC」 目次に戻る 平成16年12月15日 高速道路の料金所で停車せずに現金やチケットを係員に渡さずにノンストップで通過する車がだんだん増えて来た。「ETC」と料金所に表示されている。 この「ETC」とはいったいどういうものか。 「ETC」とはエレクトロニック・トールコレクションの略で、ノンストップ自動料金支払いシステムのこと。 有料道路の料金所ゲートに設置したアンテナと、自動車に設置されている車戴器の間で無線通信を行い、車が停止しなくても料金所のゲートが通過できるシステムで今までの有人の料金収受システムに比べ時間あたりの処理能力が3倍以上のため、料金所ゲートでの渋滞が大幅に緩和できる。 また、料金所で一旦停車し、再発進するための燃費ロスも妨げるため燃費の改善にも役立つ。次に云う「ITS」化の一環として二千年四月に導入が始まった。
19. 君が代と日の丸を今一度見直そう 平成16年9月15日 目次に戻る 4年に1度開催されるスポーツの世界的祭典オリンピックは25回となり、1世紀に及ぶ歴史を数えた。 新記録の樹立、メダル獲得数など日本人はもとより、全世界から注視される中、8月中旬からオリンピック発祥の地、アテネで開会されたが、日本は金メダル16 個という最多タイの好成績をで無事に閉会した。 柔道の柔ちゃんの連破、野村選手の前人未到の3連破にはじまり、競泳の北島選手は日本中の期待に応え二冠王。 28年振りとなる体操日本の復活、マラソン史上最も過酷なコースを制した野口選手、女子レスリングの全階級メダル獲得、投てき種目では日本人初となった室伏選手。 日本の新聞は連日、獲得されてゆくメダルの記事で埋まった。優勝、金メダル、国旗の掲揚と国歌の吹奏。自国の国歌が流れるなか、メインポールに国旗が上昇して行く様は、正に感動的なシーンであり、観覧車が襟を正して静粛に眺め、ましてや自国の国旗、国歌であれば、尚更のこと感動一入のものであった。 しかしながら我が国では国旗の掲揚は公共機関では祝祭日には敗戦50年を経過した今日、掲揚されるようになったが、国民の家庭では入口玄関に掲揚していた昭和10年代の光景は目につかない。 国歌になれば戦後、相撲千秋楽優勝表彰式で必ず斉唱されるので相撲の歌としても一時親しまれてきた時もあったが、今日尚、公共機関・学校での式典時の斉唱には至ってないのが実情である。 アテネオリンピックで君が代、日の丸を見たい聞きたい、と願望していたのは日本国民の大半であろう。そこで国歌と国旗について、私の知っているところを少し披露させていただくことにする。 先ず、国歌である。事実上国歌は君が代とされている。 「日本事物誌」(一八九〇年)の著者であるバジル・H・チェンバレン(Basil H Chamberlain)(1850年ー1935年)は、1850年に英国ポーツマスに生まれ、1873年に来日し、1874年から8年間海軍兵学校寮で英語を教えながら日本古典を研究、1886年から1890年まで帝国大学(後の東京帝国大学)教授を務め日本語学・言語学を教えた。 1890年にはThings Japanese(日本事物誌)を出版し、日本の文化、自然、社会を海外に紹介し、ドイツ語やフランス語にも翻訳された。他にもa Handbook of Colloguial Japanese(1888年)やa Handbook of Travelers in Japan(1891年)を出版した日本研究家であり、言語学者であった。
アテネの空高く、日の丸と君が代が幾度にもわたってとどき、大変、喜ばしく思っている。 18.青年部ブロック会に臨んで 業界活性化は青年部のパワーで 平成16年7月15日 業界の発展は若い青少年の育成にあることには誰も依存はない。 わが菓子業界においても先代古谷理事長さんが平成五年九月に全国から業界の青少年を京都のホテル「ニュー京都」に集められて菓業青年研修会を開催されたことが、わが全菓連青年部発足の足かがりである。 翌平成六年九月には盛岡で同じく講師を招かれて第二回目の集まりをもたれ、また翌七年九月には東京の都市センターホテルで第三回目の菓業青年研修会をもたれて、全国の青年達の意向を組まれて二年後の平成九年十一月に設立準備委員会を設置され、長崎県の河島輝人君がおされて委員長となり、輪郭が出来上がり、一年後の平成十年十一月に全菓連青年部が呱々の声を上げたのである。 爾来平成十二年十月に第一回全国大会が東京で、平成十五年二月第二回大会を千葉幕張メッセで開催されて今日に至ったのである。 この三月末で全国四十一都道府県で四十三団体、部員一五二〇名を数える陣容にまで成長し、大阪の奥田辰造君が初代長崎の河島輝人君の後を受けて二代目部長に就任され、来年十七年二月に大阪南港のインテックス大阪でモバックショウと併せて第三回全国大会を開催されるご計画と承っており、大変、意を強くしている。 私は昭和三十五年夏頃、以前大阪府生菓子協同組合の南支部長をしており、藤原さんに支部長をバトンタッチしていたが、藤原支部長さんと組合の専務理事さんのお二人が私のところへお越しになり、一寸の間でよいから大阪菓子会館へ顔を出してほしいと言われ、何故かとお聞きしたが言ってもらえず、ともかく出て来て欲しいの一点張りに、出席したのが運のつき、大阪生菓子青年クラブの設立発起人代表にされ、暑い暑い夏の最中、汗を流しての当時、冷房のない大阪菓子会館での規約審議を重ねて来たこと、思い出すだけでもゾッとする気持ちがする。 昭和三十六年十一月十六日創立総会で初代幹事長に選任され、爾来四十三年の歳月が私の頭髪を白髪まじりというより、白髪だらけにしてしまった。 当時は親組合の役員さんからは「労働組合になってはならない」とか「息子に遊びごとを覚えさす」とか色々と陰口をたたかれながら、その設立主旨に副うべく一途に突っ走ってきたのを思い出す。 17.サンドイッチにならい人名のついた菓子の出現を平成16年5月15日 去年の8月28日の朝日新聞の「天声人語」でサンドイッチの発祥は、18世紀の英国とされる。食事の時間を惜しんでトランプに興じるサンドイッチ伯爵が作らせたという伝説である。 16. 園遊会にお招きを受けて 平成16年3月15日 10月30日、赤坂御苑において開催された天皇、皇后両陛下がご主催の園遊会にご招待をいただき、驚愕し上京。ハイヤーを借り切って参上いたしました。 ご案内を頂戴したのは全国労働保険事務組合連合会からのご推薦で、招待状を頂戴した時に先ずびっくりしました。 出欠の返事の葉書に記載されている、配偶者の欄が墨で抹消されていました。宮内庁の方で調査をされたのかどうかわかりませんが、連合会の方からは妻が死亡しているという申告はなかったようであります。 ご案内によって入場門が示されており、車に先に頂戴した標識をフロントガラスに貼って定刻より早く到着。門の入り口から約百m程両側に警官が立ち並び物々しさを感じました。 入門の刹那、高い台の上から皇宮警察の方から敬礼を受け、入門し、今度は両側に皇宮警察官の列、指定の受け付けテントで下車、ご案内状を見せて名札を頂戴し、胸のポケットにつけました。後はハイヤーは指定の駐車位置へ、私は一人のんびりと赤坂御苑内を散策しながら奥の池のところまで進みました。 途中、テント内でビーフステーキ、焼き鳥、ハム、ソーセージ、すし、サンドイッチ、ケーキ、和菓子、飲み物はソフトドリンクからビール、ウイスキーまでいろいろ好きなものを好きなだけ自由に召し上がれというわけで、テント内のテーブルの椅子に腰掛けて頂戴しました。出された肉等は全部ご料地の自家製のものだとお聞きしました。 サービスの宮内庁の方々は特別なタキシード風の制服で私達に接待していただき、テーブルには入れ代わり立ち代わり宮内庁のお偉方の夫妻、各官庁の局長さん級のご夫妻・国会議員の先生方ご夫妻で退門するまでに私のよく知っている方では明治製菓株式会社の北里社長さんと日本菓子専門学校の理事である弁護士の先生のお二人だけでした。 明治製菓の北里社長さんも菓子業界からではなく、公正取引協議会からのご推薦のようでした。 天皇・皇后両陛下はじめ皇族・宮家の方々は、池の周囲をお廻りになるということで、お迎えする位置は別に指定されていませんでした。私は水泳金メダリストの北島選手、女子マラソンの銀・銅メダリスト・登山家の三浦父子の側で秋田市長さんの横でお迎えすることが出来ました。 定刻天皇・皇后両陛下ご一行ご到着を機に君が代の演奏がはじまりました。雅楽と交響楽あわせて百人位の同時演奏で実に見事な国歌を聞き、日本人に生まれた喜びを感じました。その間、天皇陛下ご一行も停止され、直立のままお聞きになっていました。 演奏が終われば徐々に先導者に従ってお歩きになりました。天皇陛下の列の後には各侍従がつきそわれ、間をおいた二列の行列でありました。 私は皇后陛下から「お役目大変ですね」とお言葉をかけていただき、天皇陛下からは「お体大切に」と有り難いお言葉を頂戴しました。 皇太子殿下ご夫妻、常陸宮、秋篠宮各殿下からはお言葉がありませんでしたが、寛仁親王殿下からは「今度の菓子博覧会はどこであるの」「いつから」と私が全国菓子大博覧会協議会会長をしている関係で何度か寛仁親王邸へお伺いし、名誉総裁にご推戴させていただいていたので、お気軽に声をかけていただきました。 私が「姫路で」「2008年」ですと答えたら「それまで生きているかしら」とおっしゃり、妃殿下からは「熊本でお世話になり有難うございました」とお礼をいただき、また、女王殿下からは「大変楽しかったです」と昨秋、熊本で開催いたしました第二十四回全国菓子大博覧会に熊本までお越しいただきましたのを覚えて下さり、大変嬉しかったです。 ご一行が通り過ぎられましたら自由解散となりましたので、おみあげに半月を頂戴して退去しました。 昭和62年春には、当時の中曽根内閣総理大臣のお招きで新宿御苑に妻と一緒に観桜会によせていただいたことが一人懐かしく記憶に残っており、今回は私一人になってしまったものの観桜会、園遊会と二度にわたってご招待を受けた喜びは一生忘れることがありません。 感謝の気持ちと幸せをかみしめて擱筆します。
15 《年頭所感》 業界活性化を 青年部に期待する 平成16年1月15日 二〇〇四年・平成16年の幕開け、皆様お揃いで心新たに新年をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。昨年は公私ともに大変お世話になり、感謝いたしております。 ふりかえりますれば私達の菓子業界も添加物問題で一部回収問題が起りました。夏には食品安全委員会が内閣府に設置され、8月7日にこの委員会に中小企業経営者の3名の1人として大企業の6名の方とご一緒に意見陳情をさせていただきました。 菓子業界ではただ一人出頭し、業界の実情と賞味期限をヨーロッパでいうbest before(最短品質保持日付)と解するのが一般的であり、日本のJASの賞味期限と同様の意味と解されますが、sell-by-date(最終販売日付)やuse-by-date(最終使用日付)と消費者が混同しているようで、この風潮を一刻も早く払拭するため、PRを行政当局にお願いしました。 また、過般一部の香料でわが国では未認可のものが使用されていたとして製品回収が行われましたが、菓子製造業者ではその使用原材料を検出することは困難で国際的整合性のある使用基準を至急確立していただきたい旨、要望しました。 更に香料業界にも原材料の表示を徹底していただきたいと切望いたしておりますが、企業秘密ということで実現には厚い壁があります。 今後、HACCP的考え方やトレーサビリティー等が安全確保マニュアルに必要であることは申すまでもありませんが、消費者自らその鮮度や旨さを自己の経験や研鑽によって識別し、悪い商品を買わされた店や商品は二度と買わないという風に、長い間信用のある店がのれん老舗として今日まで続いていることに思いをはせ、営利第一主義を捨てて、倫理第一主義に徹しなければ明日の食品業界はないと思考します。 特に零細業者は家業として子々孫々に伝承するためには、誠実に信用を重んじて信用第一に営々と努力・精進して未来の老舗をめざすべきだと思います。 昨秋はタイガースの十八年目のリーグ優勝で日本制覇は出来なかったものの大阪は沸きに沸きました。 日本道路公団藤井総裁の更迭問題を惹起し、総選挙によって自民党は、その議席を減らし自由党と合流した民主党が大きくその数を増やしたものの自民党には勝てず、保守新党・社民党・共産党も大幅に減少し、自民対民主の二大政党時代の到来を物語る結果となり数では自民党は単独過半数を手にし、小泉内閣の信任となったのであります。 しかし、今年は年金問題・郵政、道路公団の民営化・イラクへの自衛隊派遣問題など数多くの難題が山積しています。小泉首相の云う景気の上昇ムードは、過去何年かかけて企業が実施してきたリストラ・合理化によって利益の向上が見えてきたことは、企業努力によってその成果が現れてきたことであって、景気がよくなったとは決して考えにくい実情であります。 わが菓子業界にあっても老齢化する業界を活性化するために、青年部の充実、活躍に大いに期待したいのであります。全国46都道府県のうち未結成の6県の1日も早い結成を期待し、事業活動に対して褒賞制度を設けて育成しているところであり、その成果が近く実ることを念願いたしております。 ◎昨年の事業を振り返って 先ず、全菓連青年部では第2回総会・全国大会を開催しました。今回はモバックショウと提携して行われたため、関連企業との交流も深まりました。 PL共済保険に関しては加入者を促進させるため事務局研修会を実施し、実務実例報告を頂くなど大変、参考になりました。 消費者への啓発では全日本菓子協会で設けた 地域商圏事業者委員会で「消費者の意識と志向」を調査するための消費者アンケートを実施しました。集計結果が分かり次第、本紙などで報告します。 都道府県組合幹部研修会では先ず「消費の変化をどう見るか」をテーマに関連業界で成功なさっている方々を招き講演会を行いました。次に「食品の安全を巡る新しい枠組み」として行政側から情報を提供して頂きました。 また、食品表示のプリンター2機種や石鹸液、アルコール製剤の斡旋を始めました。本年もより充実した品揃えをしてまいります。 また、昨年は冷夏により農作物に大きな被害がありました。もち米や小豆の価格は高騰し、組合員の皆様も苦労されたことと思います。全菓連では価格高騰を押さえるため引続き、できる限りの努力を図ってまいります。 さて、昨今の小子高齢化の波は今後も衰えることは考えられません。 このため日本古来からの美徳・風習であった贈答の罪悪視を一刻も早く払拭し、復権をはかり、新製品の登場とともに菓子業界の躍進を期したいと年頭にあたり皆様とともに誓い合いたいと思います。 皆様の益々の御清栄・御隆昌をお祈りいたしております。 |