これまでの開催状況

 第1回帝国菓子飴大品評会

 会期場所

明治44年4月10日、東京・赤坂溜池・三会堂を会場にして開催されました。

   
 会  長 田中 芳男
女優による店頭キャンペーン
 名  称 菓子博は、第1回および第2回は、帝国菓子飴大品評会という名称で、第3回から第9回までは全国菓子飴大品評会という名称で開催され、第10回仙台での開催から全国菓子大博覧会という名称で開催されるようにました。
 開催経緯
明治18年、時の政府により菓子に菓子税なるものが課されました。この税制は本来砂糖に課すものであったのですが、当時の不平等条約の下でこれが出来ず、その代わりとして菓子に課されたものです。
 全国の菓子業者はこれは悪税なりと菓子税撤廃運動を展開し、明治29年ついにその運動が実り廃止となりました。
 この撤廃運動のなかで培われた全国菓子業者のつながりを大事にしようと、明治43年2月全国から300余名が集まって業者大会を開催し、東京で全国的な品評会を開催しようとの決議を行い開催されるようになったものです。 
 以来、菓子博に際し付帯行事として次期開催地等を決めるために必ず業者大会が開催されることも恒例となりました。
 その他 ・出品人員は972名、この出品点数は2,506点。佐賀県を除く全国より出品。
・出品は棹物(羊羹系統のものなど)がもっとも多く1411点、焼き物(ビスケット、ボーロ等)が407点、飴菓子179点等が多く、そのほか落雁および栗制の菓子、掛け物(金平糖、ドロップス類)、乾菓子(干菓子)、蒸し菓子および餡もの、カステラ、洋菓子の出品があったと記録されています。
・4月18日に褒賞授与式が行われ、名誉大賞 7点、1等賞 33点、2等賞 190点、3等賞 314点、4等賞 259点がその栄に浴しました。
・最初となりますこの品評会は、4月15日が中心になっていたようでした。(「毎月15日はお菓子の日」の由来はここから来ています。)
業者による記念撮影
 出来事 ・株式会社森永商店景品付き菓子抽選会を開催
・イタリア万博で大垣槌谷柏光章と羽根田両香堂が金賞
・菓子商同業者組合が全国各地に創立
 世 情 ・大逆事件で幸徳秋水らに死刑判決
・東京のカフェ第1号「プランタン」が京橋に開店
・日野大尉の初飛行
・吉原遊廓大火
・浅間山大噴火
・肝油ドロップが登場
・仏映画「ジゴマ」大ヒット(後に上映禁止)
・流行語「今日は帝劇、明日は三越」
・流行歌「牛若丸」「池の鯉」「それもそうかいな節」