大分県菓子店

2015.02.19

商標を活かす時

南蛮クッキー「大友宗麟」

北見茂さん 大分市の中心地に位置する金池町で三代続く菓子店を営む北見茂氏は、先代から受け継いだ商標権を大切に維持し続け、この度改めて新商品の菓名に使用し注目を浴びている。

 北見氏は、東京都江戸川区生まれで東京製菓学校を卒業後36才まで関東の洋菓子店で修業し、専門学校で知り合い結婚した京子さんの実家の和菓子店を手伝うため平成2年に大分市に移り住み、㈱山口屋菓子店に就職した。数年後、社長である山口操一氏の引退により会社を引き継ぐと、アリス洋菓子店という屋号で地域に密着した商売を行った。しかし90年代後半から中心市街地の少子高齢化が進むとともに、地方中小都市は急速に車社会となり、消費の郊外化に拍車がかかると、街なかの人通りとともに来店者数も減少した。ショーケースにたくさんの商品を並べても持て余すことも増えてきたので、リスクが膨らみつつある店売りから、受注生産のウエディングの仕事に比重を移すことで効率を上げ、安定を取り戻すことができたとのこと。

 そんな中、せっかく店舗に足を運んでくれた人が品切れで寂しそうに帰っていくのを申し訳なく思い、常に店頭に並べることのできる看板商品開発の構想に取り掛かった。

 その決意の中には先代が昭和13年に商標登録した「宗麟(そうりん)」という名の和菓子を、洋菓子専門店に移行した際にやむを得ず製造停止にしたが、長年大切にこしらえ続けてきた特別な菓子をいつかリニューアルし復活させようとする強い想いがあった。

 それだけ思い入れの深い商標「宗麟」とは、最盛期には九州六国を治めた豊後(大分県)の戦国大名「大友宗麟」のことで、宣教師フランシスコ・ザビエルを厚遇し、キリスト教とともに多くの西洋文化を取り入れ医学、音楽、演劇などの発展に大きく貢献した人物である。北見氏は、そんな異文化を融合させ歴史に名を刻んだ宗麟のイメージから、醤油を隠し味に胡麻とバターをふんだんに使った和洋折衷の焼き菓子「大友宗麟」を完成させ社名も新たに宗麟堂株式会社とし販売を開始した。

 現在、大分県では大分駅周辺の総合整備事業が進んでおり、今年3月には新駅ビル「JRおおいたシティ」が開業するなど、大きな変化を遂げようとしているが、スペインのザビエル城をイメージしてつくられたと言われる駅の顔「城門」をはじめ、宗麟が愛したさまざまな南蛮文化が進化し現代に甦っている。

 今回の新商品も先代が築いた歴史に北見氏の感性を積み重ねることで南蛮風の菓子として生まれ変わり、今では宗麟堂株式会社の顔になろうとしている。北見氏は多くの人に南蛮クッキー「大友宗麟」を召し上がっていただき大分県を代表する銘菓に育てたいと語る。

 大分県菓子工業組合事務局長・早瀬大雄