各地の菓子店探訪,鹿児島県菓子店

2014.10.16

鹿児島 明石屋菓子店

薩摩藩島津家七十七万石の銘菓

岩田英明さん トンネルを抜けると突如桜島をバックに鹿児島の街並みが車窓に現れ、すぐに列車は鹿児島中央駅に着く。九州新幹線の粋な演出だと聞いたことがある。鹿児島といえば桜島が代名詞。しかし桜島は活発な活火山で年中噴煙を上げ、火山灰を周囲にまき散らし、住民に多大なる不便な生活を強いる。それでも薩摩隼人と呼ばれるかたくなで、それでいて進取の気風を持った人々が代々この地に住み続けてきた。今回は、鹿児島の銘菓として知られる軽羹の元祖「明石屋」の代表社員社長で現在、鹿児島県菓子工業組合理事の岩田英明さんを訪ねてみた。

 明石屋は創業1854年、英明さんで7代目となる。現在鹿児島の銘菓として知られる軽羹は、薩摩藩第11代藩主・島津斉彬公が薩摩を代表する献上菓子を作るように、おかかえの菓子職人だった明石屋初代・八島六兵衛に命じ、薩摩中のお菓子を研究する中で、名産の良質な山芋を使用した軽羹を考案、今に至るのだそうだ。屋号の明石屋は八島六兵衛の出身地・明石に由来する。

軽羹 私が訪れた時、英明さんの弟で明石屋常務、鹿児島菓青会でもご活躍中の武さんが、自然薯の堀り子さん達への挨拶回りをするということで準備をされていた。英明さんに堀り子さんのことを尋ねると、明石屋の軽羹は堀り子さんが、火山灰が降り積もって出来たミネラルなど栄養をたっぷり含んだ、水はけのよいシラス台地で採った良質な自然薯しか使用しない。自然薯が採れる季節は10月から翌年4月まで、自然のものなので採れない年もあり、自然薯が手に入らない時は代替の山芋を使用することをせずに、軽羹を作らないのだそうだ。この20年で2度不足した年があったという。明石屋さんが軽羹を販売しないというのは、経営者として苦渋の決断だと思うのですが?と問うと「お客様を裏切れない」という言葉が返って来た。

 明石屋の軽羹は創業以来、山芋、米粉、砂糖のみのシンプルな配合を守り続けている。だからこそ原材料へのこだわりはもの凄い。山芋はもちろんのこと、米粉はおいしいお米を選びに選び、明石屋の軽羹に合わせた米粉を作る。砂糖も山芋、米粉の風味を邪魔しない雑味のないものを使用する。原材料へのこだわりは、薩摩藩の菓子文化をまとめられた斉彬公への想いが込められているのだそうだ。そこには軽羹元祖の責任と誇りが感じられた。軽羹を一口いただいた。吟味された山芋と米粉の深い味わいに、じゅわっとした口どけは熟練した職人の絶妙な塩梅さが感じられ、そこに軽羹の純白の美しさが加味される。真に五感においしい菓子である。

 英明さんのお話を伺い銘菓と呼ばれるお菓子というのは、その土地の風土の中で作り手、お使いになるお客様と口にするお客様、さまざまな想いが積み重ねられて出来あがるのだという事を、強く考えさせられた。お土産にいただいた軽羹の手提げ袋には「淡味真」の文字が、掛け紙には桜島の絵がかいてあった。軽羹はこれから旬の季節を迎える。薩摩藩島津家七十七万石の味覚を是非!

 全国菓子工業連合会青年部九州ブロック長・田中耕太郎

 

店舗データ

合名会社 明石屋菓子店
代表社員 岩田 英明
所在地…〒892-0828
    鹿児島市金生町4-16
電 話…099-226-0431(代)
FAX…099-226-0433
URL…http://www.akashiya.co.jp
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