青森県レポート

2014.04.15

弘前菓子組合の歴史

組合員の為になる活動を!

 弘前菓子組合は、今年で百十八年の歴史で、明治二十九年に弘前でも一番の老舗で江戸時代初期創業の、大阪屋さんの店主、福井三郎衛門さんが、弘前菓子商業会の初代会長として発足しました。

 現在、私が二十代組合長まで続いております。組合名は何度か時代に合わせ変わりましたが、菓子製造販売店と、菓子販売店の親睦と技術の向上を目的で発足したが、昭和は十五年頃より戦時中は弘中菓子工業組合と組織替えし、原料および製品の統制に対応したようです。

 戦後間もなくは、弘前菓子委託加工組合とか、弘前生菓子委託加工組合名で、昭和二十四年に弘前菓子商工業協同組合となり、菓子組合の本来の組合活動となり、昭和三十年に弘前菓子商組合となりました。平成十六年に統合するまでは、弘前菓子商組合と、青森県菓子工業組合中弘支部は別々の組織でした。

 弘前菓子商組合は和洋菓子製造販売・餅・煎餅・飴・パン・最中種・お菓子の販売だけの店と菓子関連店が殆んど加盟しており、大多数の加盟者の組合でした。

 青森県菓子工業組合中弘支部の組合員は、菓子製造販売店で、弘前支部は約四十店位の組合でした。昭和の後半には統合しようとしましたが統合出来ませんでした。

 その後菓子販売店だけの方は殆んど退会し、青森県菓子工業組合中弘支部の組合員と同じようになり、一部の方には両方に加入してもらい統合出来ました。統合することにより支部費を一つにして組合費の負担が幾らかでも少なくなりました。

 弘前市は江戸時代には津軽藩の城下町で、町の中心には弘前城が有り、春には日本一の桜の名所で有名な弘前公園の桜まつりが開催されます。夏はねぷた祭、秋は菊と紅葉祭、冬は雪灯篭祭と、組合員は祭にちなんだお菓子と、もう一つ、日本一の収穫のりんごのお菓子を作って売っている方がたくさんおられます。

 弘前は人口の割にはお菓子屋さんが多いと言われますが、季節菓子の他に売れるからかも。

 組合員は創業百年以上のお店が数軒と、八〇年前後のお店も多くほとんどのお店は二代目以上です。業種は和菓子店と和洋菓子店・餅店・煎餅店で、洋菓子の専門店の方は洋菓子協会に入っている方がほとんどです。和洋菓子店の方は両方に入っている方もおります。弘前の和菓子店はあまり増えて無いですが、洋菓子店とパン屋さんは随分増えて多くなりました。この様な状況の中で組合員の増強はなかなか難しく、むしろ世代が代ると退会したがる方もおります。ただ、弘前には昭和三〇年代に発足した弘前菓業青年会が活発に活動していますが、当所、親組合に当たる菓子組合には以前は年配の方だけが活動していて、若い方が入りにくかったようです。それで親組合の事業と青年会の事業を出来るだけ一緒に行う様にして交流を図りました。そして青年会の会長以下役員の方を早めに組合の役員になって頂き、組合を理解してもらう様にして組合活動を活性化し、組合員の為になるような情報の提供や和菓子の講習会などを開催して、従業員と共に菓子製造技術と販売促進を研鑚し、製菓衛生師・技能検定を広め、食品衛生思想啓蒙活動しております。また組合員の相互の親睦を図りつつ各種事業に参加しています。現弘前市長も近年菓子業界に理解頂き、菓子関連のイベントを企画して助成してくださっていますので、当組合も市の企画に協力し参加し、菓子業界の活性化に努めております。

 最後に、諸先輩が築いてきたこの歴史ある組合を無くさない様、次世代へ継続していくかです。組合費を上げると組合員に負担が掛るので、せめて現状のままでいかに、組合員の為になる活動ができるか、役員と共に志向して活きたいと思います。

 弘前菓子組合(青森県菓子工業組合中弘支部)組合長・中弘支部長・菊地浩