京都府レポート

2014.02.15

大豆と和菓子

日本が生んだ食の文化

 毎年、春になると京都府菓子工業組合ではお菓子の神様、田道間守(たじまのもり)をまつる中島神社、林神社、橋本神社へ参拝しております。第十一代垂仁天皇の命を受け、不老不死の理想郷、常世の国(中国か東南アジア)非時香菓(ときじくのかぐのみ)を探しに行かれた。この果実は今日の橘か小密柑か橙のようなもので、十余年の辛苦の末、持ち帰ると天皇は崩御されていた。公は落胆悲涙しその陵に橘を捧げて命を絶えたという。右近の橘や正月飾りに橙が使われるのはこの故事に由来している。

 お菓子の語源は木の実と果物で、菓子の菓は古くは中国で果と書き、木の上になっている様子を表す象形文字だった。子は木の実、果実、種をあらわしている。

 和菓子の中で最もしたしまれ種類も多いのが饅頭です。貞和5年(1349)建仁寺の三十五代住職、龍山徳見禅僧が、元から林浄因(りんじょういん)を連れて帰国した。林浄因は北宋の有名な詩人、林和靖(林通)(りんなせい)の遠縁で、その頃中国から点心として伝わっていた饅頭は、中に肉や野菜を詰めたものであった。

 そこで肉食を嫌う僧のために、小豆を甘く煮て餡を作り、小麦粉を寝かせて自然発酵させた皮で包んだ。この饅頭は、後村上天皇も召し上がられ非常に喜ばれた。当時の習慣から天皇の女官の一人を娶るという栄誉が与えられた。二人の結婚式には紅白饅頭を作り列席者に配る一方、一組を土に埋めた。これが紅白饅頭の起源であり、埋めた場所が林浄因をまつる林神社となっています。

 八世紀頃までは、貴族の間で唐様模倣が大流行し、穀物をひいて粉にし菓子を作ることが始まった。現在でも奈良の春日大社では祭事に??(ぶと)が供えられている。これは米粉と水をこねて蒸し、臼でひいて形を作り、ごま油で揚げたもの。京都の下鴨神社では御手洗祭に厄除け団子を供える。白い団子は上新粉で五個の団子は五体を表し、夏越の祓いの人形と同じ意味があると考えられます。

 海外で注目を集め、無形文化遺産になった和食。中でも豆腐、味噌、醤油といった大豆加工品の人気は高く、ヘルシーな素材として評価を得ています。大豆が伝来した一説では、約二千年前の弥生時代に、原産地のある中国から朝鮮半島を通じた稲作とともに入り、栽培が始まったのは鎌倉時代後半とされています。日本の大豆加工品のバリエーションは世界でも類を見ない豊かさで日本の誇れるすばらしい文化です。

 豆腐は、簡単な調理をほどこすだけで栄養たっぷりのおかずになります。きな粉は、大豆加工品の中でも大豆そのものに一番近い栄養分を受け継いだ食品です。湯葉は、京都と日光が有名で京都産は薄く柔らかいため女ゆば。対して日光は厚みがあることから男ゆばと呼ばれます。

 おからは、茶殻と同様に残りますの意で、その白さから卯の花や包丁を使わずにすむことからきらずと呼ばれ、雪月花(菜)といった美しい文字が当てられます。

 がんもどきは油揚げの一種で、製法はつぶした豆腐とくず粉またはすりおろした山芋を混ぜ合わせ、ごぼう、きくらげなどの具を混ぜて丸め油で揚げるというもので飛竜頭とも呼ばれます。

 手前みそという言葉があるように、みそは本来、その土地ならではの気候風土に合った食文化の影響を受けながら手作りされてきたもの。京都の白みそに対抗して麹をたっぷり使い、蒸した赤色の江戸甘みそなど。味噌と醤油は和食の両雄の存在で、みそは大豆を主原料として米または大麦、大豆の麹と塩を混ぜて発酵させたもの。醤油は大豆と小麦とで作った麹と食塩水とを原料として醸造したものです。米と麹菌でお酒とみりん、大豆と麹菌で味噌と醤油ができ、この麹菌はアスペルギルスオリゼという6ミクロンの緑色のカビで米や大豆のでんぷん質を100%糖に変える、自然界の無数のカビの中から日本人が選び生み出したオリゼである。

 和菓子は茶道とともに育ってきた。千利休時代には、菓子は亭主自らが手作りする素朴なものであった。茶会の隆盛にともない、茶席菓子も変わっていった。菓子屋があつらえるようになり、京都ではなめらかな求肥や細工物の羊羹が工夫された。細工しやすいよう餡に小麦粉や餅の粉を加えたこなし、練り切りが登場したのもこのころと思われる。見て美しく食べて美味しい菓子はたちまち人々を魅了していった。菓銘に凝るようになったのも茶道の影響である。江戸初期まではきな粉餅など、単純に素材を表していたものが、次第に古今和歌集などにちなんだ優雅な菓銘をつけるようになる。茶席の菓子はもてなしのものであり、茶を美味しくいただくためのものである。あくまで主役は茶で菓子は脇役。そこが一般の菓子と異なる点で、口溶けが良くやわらかいものがふさわしい。また、香りも茶の香りのさまたげにならないような淡いものとなってくる。一番美味しい時に食べていただけるよう亭主は配慮し、菓子屋もその時間を逆算して作業する。このようにもてなす精神が美を生み、和をつくるのであろう。

 京都府菓子工業組合IT情報委員会委員長・青山征史

参考文献

和菓子/中島久枝(柴田ブックス)新養生訓「大豆を尽くす」(日本放送協出版協会)