岐阜県菓子店

2014.01.15

創業二百五十年 御菓子つちや

植えない種は芽が出ない

干し柿作り 『御菓子つちや』は前中部ブロック長の『槌谷祐哉』さんで九代目。販売店は10店舗を超える銘店です。

 代表銘菓の『柿羊羹』は四代目が堂上鉢屋柿を利用して開発し、五代目が親友の竹研究家『坪井伊助翁』のアドバイスを受け、竹の容器に流し込む形を作り上げました。

 戦後、物資の足りない時代には、七代目が千本もの柿を植えるだけでなく、地元の農家の方々の協力もうけ、材料となる干し柿作りをしてきました(地産地消、材料の安定供給の為の契約農家の先駆者)

 今でも農閑期になると付近の農家の方々が栗原工場にて干し柿作りに携わっています。

 数多くの樹木があり、公園工場として地域の方々に愛されている栗原工場(名古屋ドーム三個分の大きさ)に植えられているのは柿だけでなく、桜や紅葉はそれぞれ200本ずつ。特に桜は近くを通る新幹線からも見え、地域の方々が楽しめるよう、シーズンには工場祭が開催されてます。

九代目の槌谷祐哉さん 楠など種がある樹は苗木を買うのではなく、自ら種を拾って来て植えた七代目の言葉は『植えない種は芽が出ない』。その言葉を胸に、菓子屋は人が動かないと商売にならない。『人につくすこと、町づくりは我が仕事』との志を持ち、精力的に活動されている槌谷祐哉さんは、菓子作りをする一方で、地域の様々な取り組みを企画、参加し、大垣市の発展に尽くしています。

 また前中部ブロック長としても、菓子工業組合青年部の活動には積極的に参加し、盛り上げてくれています。

 七月に開催された中部ブロック会議初の試み、会員が他の会員に菓子作りを教える『菓子講習会』にも参加し、その講習会で学んだ事を参考とし、自社の社員さんが出身地のお土産として持ってきていた安納芋を使い、新商品の『安納芋ういろう』を開発されました。

 『人が手を差し伸べてくれて、新たなご縁が生まれる』と、常に人と人との繋がりを非常に大切する槌谷さん。

 三越日本橋店の創業三百四十周年記念イベント『本和菓衆』では全国の老舗和菓子屋の跡取りの皆さんと『伝統&革新の和菓子』の提案や販売をしたり、フランス大使館でのレセプションにおいては参加者の方々に柿羊羹を召し上がってもらうなど、地元だけにとどまらず全国、世界へと和菓子の魅力を発信されています。

 彼が植えている『様々な種』は、ご自身の商売や地域だけでなく、菓子工業組合青年部の中でも芽が出て、スクスクと大きく育ってきていますので、どのような実がなるか、これからも楽しみです。

 中部ブロック長・那谷忠之