福島県菓子店

2013.10.15

菓子作りを天職と感じ奉仕の心で

お客様に喜ばれる菓子づくりを

渋谷英勝さんと奥さん 私の菓子作りの原点について語る時、両親の存在があります。昭和二十六年、物資のない時代に大福餅の製造に取り組み、試行錯誤を繰り返しながら、この一品だけに拘わり生活のため毎日働く両親の姿を見ながら育ちました。二十一歳の時、家の事情により、四男の私が家督を継ぐことになり、父の勧めもあり、山形県米沢市の菓子舗で三年間の見習い修行に励みました。修行が終わり家に帰ると同時に、工場の新設と菓子道具の設備を整えていただいたので、その恩に報いるため、毎日が無我夢中の二十四歳でした。

 昭和四十七年頃には高度成長の兆しが見え始め、兄弟の励ましと支えもあり、レオン自動機を導入し、お陰様で順調に稼働することができました。多忙な中にも良縁に恵まれ大きな担い手を得て、近所のスーパーに販売拡張を求め納品することができました。

 世の中の成長が続く中、両親の勧めで、人のためになるようにと、地域の青年会、消防団、小中高のPTA活動を行い、その間、それぞれ会長を務め、さらに、補導員、保護司を拝命するとともに、食品衛生協会の役員としても多忙を極めたため、工場を留守にすることが非常に多くありましたが、そのような時はいつも妻に任せてしまいました。自家製餡の煮炊きから作業全体を補助してくれた妻の存在は計り知れないものでした。愚痴を口に出さず黙々と頑張る姿には感謝の気持ちで一杯です。今に思えば、両親の教えを守り、神仏を敬い、信念と努力をモットーに菓子作りに精進できたのも前述のとおりです。

 東日本大震災において水道が断水したものの、井戸水を使って菓子製造は可能でした。しかし、あのような状況の中、店を開けてよいものかと案じましたが、お客様の後押しもあり製造を決断し、たいへん喜んでいただきました。余震や放射能への不安の中、絶えず笑顔で店頭に立ち接客する妻の姿には頭の下がる思いです。二代目として、小さな菓子屋ですが、これからも妻と二人力を合わせて、お客様に喜ばれる菓子作りを続けていきたいと願っております。

 福島県菓子工業組合監事・渋谷英勝