視点

夢追い人達の競演(平成25年6月)

百菓繚乱・和菓洋彩・洋菓和彩

 ひろしま菓子博を見学した。これまでデパートなどで開催される菓子の展示即売会に行ったことはあったが、全国菓子大博覧会については、お菓子屋さんの店頭等で全国菓子大博覧会名誉総裁賞受賞等の表示を見て、そういう博覧会があるのかと思っていただけで、実際に菓子博を見るのは初めての経験であり、非常に興味深いものであった。全国菓子めぐり館では、展示されている菓子の種類の多さに圧倒される思いであった。かくも多くの菓子が、その作り人の創意と工夫を活かして生み出されていることに率直に驚かされた。また、お菓子のテーマ館では、シンボル工芸菓子の世界遺産厳島神社の存在感とその精巧な仕上がりにまたまた圧倒された。さらにお菓子美術館では、全国の和菓子の匠や洋菓子の匠(パティシエ)が伝統と創意工夫の技を駆使して製作された150点以上もの工芸菓子が一堂に展示されており、まさに美術館を訪れた感があった。いわゆる花鳥風月が表現されているものが多いが、単に美しいだけでなく花弁の一枚一枚、鳥の羽毛の一筋一筋、眼光鋭い鷹の目、葉の一葉、柿の葉にひっそりと止まっているクモに至るまでまるで本物、説明がなければとうてい菓子とは思えないものであった。まさに匠の技、超絶技巧に驚嘆させられるとともに、菓子作り人の日頃の修練に畏敬の念を禁じ得ないものであった。そのような中で、厳島神社の清盛入道の行列では、清盛の乗った山車の後ろに続く巫女さん達の一番右の列の先頭の巫女さんが茶髪で、異彩を放っていたことにお気づきだろうか。これは、元モー娘。の矢口真理嬢をモデルにしたとのことである。また、姫路城の夜桜で石垣に取り付いている忍者の姿には多くの方が気づかれたと思うが、これはアニメの主人公忍者ハットリ君をモデルにしたとのことである。技巧を駆使する中にも遊び心を忘れない匠達に拍手喝采である。

 歌は世に連れ、世は歌に連れとはよく言われることであるが、菓子も似た面があると思える。世相を反映した歌、人々の心に訴えるものを持った歌がヒットし、更にその中から時代を乗り越え歌い継がれてきたものが、永遠の名曲といわれるものになる。お菓子も同じであろう。現在のわが国の菓子は、便宜上、和菓子、洋菓子と区分されているが、わが国の菓子の歴史を辿ると、菓祖神田道間守が常世の国から橘の実を持ち帰ったという故事のみならず、奈良・平安時代には遣唐使により多くの唐菓子がもたらされ、さらに鎌倉・南北朝時代には喫茶の習慣と共に点心に用いる菓子が宋・元・明から、室町末期から江戸時代初期にかけてはヨーロッパ人によりいわゆる南蛮菓子がもたらされたという。しかしながらそれらの菓子は、先人たちの努力によりわが国の伝統菓子として定着し、多くの人たちに愛されている。幕末の開国以来現代に至るまでも同様に多くの菓子が世界中からわが国にもたらされている。これらの菓子もまた、多くの菓子作り人達のたゆまぬ努力により、わが国の伝統菓子への道を歩んでいるのであろう。

 菓子博に展示されている数多の菓子を見ていると、まさに百菓繚乱!和の匠が洋の彩を、洋の匠が和の彩を取り入れ、多くの人たちに愛され次の世にまで伝わる夢の菓子を作り出そうと奮闘している。そんな夢追い人達の競演に、多くの来場者が感動されたのではないだろうか。美味しいお菓子が食べられるということは本当に幸せなことである。最後に、わが国のお菓子が更に美味しく、多彩なものになることを期待しつつ、多くの夢追い人達に改めてエールを送りたい。

 全菓連専務・山本領