視点

アマゾンで見つけた星のかけら(平成22年5月)

― 古の先人が遺してくれた贈り物 ―

アマゾン河口の港町ベレンは、赤道直下にもかかわらず思いのほか過ごしやすい。午後の定期便となっている滝のようなスコールのお陰もある。ポルトガル統治の時代から400年の歴史を刻む街は、アマゾンの玄関口の賑わいとともに昔の面影を伝える独特の佇まい、風情がある。

そのベレンから南西に200kmほど奥地に入ったところに、戦前の日本人移住者による胡椒栽培で知られるトメアス入植地がある。今はパパイアなど熱帯果物の生産地となっている。1980年代初めの初夏に同地を訪れる機会があった。トメアス産組のS氏が所用でベレンに出張してきていて、帰りの車に便乗させてもらうことになった。早朝に出発し6時間の旅であったが、幼い頃からの生活のことや果樹園経営の話などを伺っているうちに、あっという間にS氏の農場に着いた。パパイア園は整然と管理されていてさすがと感嘆させられた。奥様の魚料理に地酒のピンガ(サトウキビから作る蒸留酒)をご馳走になりながらご両親をまじえての楽しい一夜となった。二人の小学生のお嬢様とともに外に出てみると、頭上には満天の夜空に星が降る世界が広がっていた。大自然に抱かれ溌剌と暮す家族の姿に感激し眠りについたことを覚えている。

朝S氏宅を辞し、乗合バスを乗り継いでベレンに帰ることにした。地元バスの乗客は服装もカラフル、一様に明るく屈託がない。『よう、兄ちゃん、今日はどこまでかい。』と声を掛けられる。運転席は恋人らしき娘さんが寄り添い会話に熱中しながら進行。西部劇に出てくるような街にくると一休み。バスはやがて網の目のように広がるアマゾン支流のまた支流を跨ぐ船着場に到着。筏に毛の生えたようフェリーに乗合バスと小型トラック数台を乗せて対岸に渡る。甲板にサングラスをかけ寝そべっている日系人らしき青年がいる。K青年との出会いであった。ポルトガル語での出だしはうまく往かなかったが、意気投合した。四国の出身で、北米に渡り各地を旅行、中南米にも足を伸ばす。アルゼンチンの南端まで旅行し、ここアマゾンの片隅に身を落着けて見ようと思ったのだという。フェリーに乗せてあったピックアップ・トラックで州政府の試験農場やK青年の借入地の小麦畑などを案内してくれた。

茜色に染まるアマゾンの夕日、熱帯の日没は早い。緑の海の中に一人ポツンとある青年の家は燃料冷蔵庫、電灯源の小型発電機があるだけの簡素な住い。ピンガを酌み交わしながら星降る夜空が白むまで語り合う。『モノが溢れている社会の絆とは何だろうか。』、『大規模な農業開発は自然破壊をもたらすだけ。』、『アマゾンに住む同志には国境を越えたネットワークがある。』とのK青年の言葉が何故か説得力をもって響いてくる。

アマゾンは全長5,571kmの世界有数の大河。ペルー、コロンビア、ベネズエラ、仏領ギアナ、ブラジル・パンタナールに広がる流域の総面積は705万k㎡(日本国土の20倍)に及ぶ。機上から眺める緑の絨毯は、同じ大河でも古代ギリシャの歴史家ヘロドトスが『エジプトはナイルの賜物』と記した砂漠に囲まれたナイル川を縁取るか細い緑とはあまりにも対照的。雨季には多くの土地が水没、マラリアの脅威など熱帯雨林の過酷な環境が人口の増加を阻んできたが、そこには余りある豊かな自然の恵みを私たちに与えてくれている。

食料問題の権威として知られる米国のレスター・ブラウン博士の最近のレポートによれば、中国など新興国の食料需要の急増を背景に大豆生産のための大規模な農業開発がアマゾン流域の各地に広がり、自然環境の破壊が深刻化しつつあるという。『アマゾンの焼畑農業は50年、場合によっては100年のインターバルで行われてきたのです。』と語るK青年の真剣な眼差しが浮かんでくる。そういえばその時、青年が記念にと譲ってくれたものがある。森林を開墾していた時に出てきた遥かなる古の石斧(石器)である。地元の古老によれば、雷と一緒に空から降ってきた『星のかけら』なのだという。凍ったベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸を南下してきた先人たちが遺してくれた星のかけらは地球環境のお守りとなってくれるのだろうか。

ココ椰子やパパイヤ、アグアへーなどの熱帯果物、ピラルクー、ピライーバ(大ナマズ)をはじめとするアマゾンの怪魚、生きた亀、猿の頭などが並ぶ港町ベレンの朝市の雑踏の中にK青年の姿が見える。同志が集う研究会の面々のための買出しかも知れない。

全国菓子工業組合連合会 専務 矢部正行