視点

スモール イズ ビューティフル(平成21年10月)

― 職人の技と人間中心の技術革新 ―

自民党が大敗し民主党政権が誕生。日本丸のこれからはどのような航海となるのだろうか。まずは目前の不況対策に全力をあげてもらわなくてはならない。と同時に、日本の将来ビジョンへの論議をもっと深めていって欲しい。競争社会の下で人と人の絆の大切さが見失われ、地方の活力が奪われていったことが今回の政権交代の大きな背景の一つとなっているからである。人口減少社会を見据えた国づくり、とりわけ、地方の再生をどう実現していくかが問われている。

『スモール イズ ビューティフル』という言葉に最初に出会ったのは1970年代前半、先進諸国の経済成長の転換点となったオイルショック直後のことであった。『小さいことは素晴らしい』と題し英国の経済学者E・シュマッハー博士が説く人間中心の技術革新にはその背景として、一つにはとどまるところを知らない経済発展が再生不可能な化石燃料・資源の浪費を招き、やがて地球生態系の破壊をもたらすこと、二つには、高度な分業社会が個々人の挫折、疎外、絶望、家族、社会秩序の崩壊へとつながっていくことへの強い危機意識がある。

シュンペーターおよびケインズという20世紀を代表する経済学泰斗に師事したことのある博士の洞察は三つ。第1は農業、風力、太陽光といった再生可能な財を増加させていく知恵への期待。第2には、人間という存在には理解の届く小さな集団の中でこそ人間たり得るとの原点がある。したがって、国民所得、成長率といった抽象概念に振り回されるのではなく、活き活きと生活していくための知恵を育むことのできる小規模単位の社会が用意されるべきであるとの「地域主義」。第3が、よく働く頭と器用な手、それを助ける第一級の道具の組合せによる手作りの「中間技術」への期待である。

巨大技術の暴走に警鐘をならし、地球環境や国、地域の文化、社会秩序に対する節度として、手の温もりが伝わる人間中心の技術革新を求めていくこそがこれからの社会にとって不可欠なのではないかとの呼び掛けである。農業についても、機械化農業もよいが同時に、地域固有の自然条件を活かしつつ土壌の力を重視する伝統的な持続可能な(サステイナブル)農法を忘れてはならないとする。

現に、トヨタでは製造ラインの主役を機械・装置から人間中心の小グループに置き換えることによってカイゼンの成果を上げるなど、わが国のものづくりにはシステムよりは人間の力、職人の技によって新たなイノベーション(技術革新)を目指そうとする期待が高まっているように思う。電子工学の世界的権威として知られる西澤潤一東北大名誉教授によれば、『技能とは、本では学ぶことのできない独創の積み重ねによってのみ生み出される人間の指に宿り、数値化することのできない、欧米がマネのできない可能性がある』という。

菓子の製造小売の世界には日々匠の技を磨き、業界の活力を支えてきたという伝統がある。最近、地域で活躍する菓子製造業者の工場をいくつか見学させていただく機会があったが、二つの共通点を感じた。一つは規模の大小にかかわらず、自動ロボットともいえる各種の先端技術の導入を随所にみることができること、もう一つが人材育成と手づくりの技術へのこだわりである。さらに、もう一つのフロンテフィアがある。地域の農水産業、地域の伝統文化、景観、環境資源との連携である。そうした草の根イノベーションを地域再生の起爆剤として政治がどう支援していけるのか。『文明とは人の身を安楽にして心を高尚・謙虚にすること、その根源は文明自体の多様性にあり。』とする、将来に向けた道筋(日本丸の海図)の下敷を私たちはもっている(福沢諭吉 『文明論之概略』)。

全国菓子工業組合連合会 専務 矢部正行