視点

マニフェストについて思考する(平成24年2月)

消費税増税が言い出されて急に「マニフェスト」(Manifesto)という言葉をよく耳にし、目でも見るようになったように思う。

そもそも「マニフェスト」の語源は、ラテン語の「手」(manus)と「打つ」(fendere)が合わさったという説が有力らしい。即ち「手で打つ」から「手で感じられる程明らかな」から「はっきり示す」となったと考えられている。これがイタリア語を経由して英語で(Manifesto)となり、声明(文)、宣言(文)の意味になる。従って「マニュフェスト」と言う人もいるが誤りのようだ。その後イギリスで党首の演説がManifesto(声明文)と呼ばれるようになった。

このような党首の所信表明演説がイギリスで最初に選挙公約として使われるようになったのは一八三五年の総選挙の時だったようだ。以来イギリスでは総選挙のたびに主要政党はマニフェストを発表してきた。

一九〇六年に労働党が政党の公約として初めてマニフェストを出した。現在のような冊子の形になったのは、一九三五年総選挙の時の保守党のものが最初だとされている。一九八〇年代になって各党のマニフェストが写真入りのカラー印刷の冊子となった。しかし一九八〇年代までは現在のように具体的に数値目標・期限等を明示した詳細なものではなくてより概略的なものであった。日本において言われている選挙公約としてのマニフェストはイギリスの十九世紀以来の政治慣行を参考にしたものである。

さて今年の一月二十四日の通常国会の幕開けとなる施政方針演説で野田首相が政治・行政改革と社会保障・税の一体改革の包括的な推進で消費税を二〇一四年四月より八%、二〇一五年一〇月より一〇%に引上げることを表明したことをうけて、自民党の谷垣総裁が一月二十六日の本会議で、民主党がマニフェストで消費税増税に触れていないから、消費税引き上げを行う権限を主権者である国民から与えられていないからマニフェスト違反で議会制民主主義の歴史への冒涜だと批判し、有権者に謝罪したうえで国民に信を問い直すしかないと消費税増税法案の成立前の衆議院解散・総選挙を求めた。

これに対し野田総理は民主党が国民に約束したことは任期中には消費税の引き上げは行わないということだと主張し、二〇一四年からの消費増税は公約違反ではない。やるべきことをやり抜いた上で国民の判断を仰ぎたいと答弁した。

マニフェストで政権公約を発表したからと必ずその公約を達成しなければならない、もしくは逆に極めて重要な課題だがマニフェストへの盛り込みを見送った事項を推進してはならないというわけではないが、国民の不信感が生まれる。マニフェストは通常法的拘束力があるとはみなされない。ここでいう法的拘束力とはマニフェストの実施を司法的強制力により実現させることができるかどうかという観点であり、憲法上、国会議員に対する命令委任を認めるかどうかについては法的議論がある。政局においては世相の現実がマニフェスト作成時に想定した前提と異なった場合、マニフェストの撤回が野党に絶好の攻撃材料を与える可能性がある。

いづれにせよ、マニフェストは絶対的なものでもなく、マニフェストのみを信じて投票するのも問題で、政治家個人の人間性の問題を重要視して投票を行いたいものである。

 全菓連理事長・岡本楢雄