徳島県菓子店

2011.12.15

金福堂支店

「一生研究」

奈須芳太郎さん(左二) 和菓子一筋80年―。徳島市の中心部にそびえ立つ眉山の麓に今回紹介する金福堂支店奈須芳太郎さんのお店はあります。

 現在、御年98歳の芳太郎さんの和菓子職人への第一歩は、大阪で修行し、徳島で金福堂本店を開業された兄、川上甚七さんのお店から始まりました。

 「教えてもらうと言うより、技術を盗むんよ。聞いても一つも教えてくれんかった」という芳太郎さん。

 「習うより盗め」が指導方針の兄 甚七さんの元で、大変厳しい修行を乗り越え、昭和五年には徳島駅前に念願であったご自身の店を出店することに成功されたのです。

 金福堂には銘菓「モラエス饅頭」があります。徳島ゆかりの文豪モラエス氏の大好物であったチョコレートと、つぶあんを融合させた当時としては画期的な饅頭でした。

 「モラエス氏も生前には、よくお店にチョコレートや饅頭を買いに来てくれた」と芳太郎さんは懐かしそうにおっしゃっていました。

 こうしたご縁もあり、店名はモラエス氏の弟・「キンプク」にちなんで付けたということです。そのご縁は現在でも続き、毎年7月1日に開催される記念法要には、欠かさず献菓しておられます。

 しかし、やはり「職人として、自分のお菓子を造りたい」との一心で考案された「鳴門渦潮」は、当時の人々に広く親しまれた銘菓となりました。その矢先、「渦潮」のマークを無断使用したと言うことで、販売停止の危機に遭遇しつつも守り続けた自慢の味でした。

 奈須氏の座右の銘は「一生研究」です。時流を鑑み阿らず。和菓子は「口当たりよく、甘く」をモットーに98歳の現在も日々お菓子造りを研究しておられます。平成23年7月には、そのひたむきな努力が認められ、徳島県知事賞を受賞されました。生涯を通じ、和菓子造り一筋に精進を重ねられる姿は、後進の我々も見習うべき要素がたくさんあると思います。

 お兄さんから受け継いだ金福堂支店の名を守りながら、芳太郎さんは現在も日々和菓子作りに励んでいます。

 徳島県菓子工業組合事務局・塩田麻百子