視点

日本再生の転機となるか(平成23年12月)

―震災復興とTPP―

東日本大震災から9ヶ月。道路沿いに積み上げられた瓦礫、コンクリートの構築物が点在するだけの被災風景が年を越そうとしている。原発事故の収束も容易ではない。2011年はとにかく大変な年となった。夏以降には米国、ユーロ圏経済が揺らぎ、円高が進行する。

6月中旬に宮城県名取の閖上(ゆりあげ)漁港を訪れたときのことを思い出す。10数メートルのなた型をしたコンクリートの残骸が一人海に向って立っている。キラキラと白く光る太平洋が何事もなかったように横たわっている。暁闇が明けセリ人の声が市場の岸壁にこだまする。商店街の食堂に明かりが入る。魚屋、八百屋、花屋さんなどのシャッターが上がる。夕方には赤提灯が灯る。そうした日々が理不尽に突然奪われる。モノクロ写真の路地の跡、建物の土台をなぞって歩く。正午の日差しが後頭部をチリチリと射る。

『人間が生まれたとき泣くのはな、この阿呆どもの大舞台(現実の世界)に登場するのがつらいからじゃ』とのシェークスピア・リア王の台詞が脈絡もなく浮かんでくる。つらい運命を乗り越えるために必要な勇気は泣くこと、悔しさからしか生まれない。都内のコーヒー店、隣から二人の青年の会話が聞えてくる。『毎朝、バスで海岸沿いの被災地に向う。瓦礫の撤去作業を行い夕方に支援センターに戻りシャワーを浴びて寝る』。そうしたボランティア活動を1週間・延べ5回。後輩の無言の問い掛けに先輩格の青年が呟く。『あと何回通えばいいのか分らないが、自分ができることを今やるしかないベ』。胸が熱くなる。忘れられていた自助自立の精神、競争社会の中で失われていったはずの人と人の絆への思いが息づいていた。

かつて「イギリスと日本」(1977年)を著し注目された森嶋道夫ロンドン大学名誉教授が近年、「日本はなぜ行き詰まったか」(2004年、岩波書店)などの著作を相次いで発表。個人主義と利己主義が不分明のままに行われた戦後の誤った教育を受けた年代層が社会の中心を占めるようになったときから『失われた20年』の悲劇が始まった、と診断する。そして、経済発展の原動力はイノベーション。だからこそ、企業統治・ガバナンスの確立と政治的リーダーシップが大事。わが国が生き残るための将来ビジョンには(日本が主役を演ずることはないが)日本の持ち味を活かした東アジア共同体への貢献が不可欠、との提言を行っている。この11月に野田首相がTPP(環太平洋経済連携協定)への参加を決断する。近年久しく見ることのできなかった政治的一歩前進なのではないか。デフレに苦しむ日本にとってアジアの成長力を積極的に取り入れていくことの意義は自明の理。円高による産業空洞化への対応もある。

TPPは加盟国間で貿易関税を原則10年以内にゼロとし、投資・サービス等の共通ルールを定めるもの。交渉の本丸は米国。20年前の日米構造協議を例に引いて米国の無体な圧力を懸念する向きもあるが、それはあたらない。IMF(国際通貨基金)によれば、中国の世界GDPに占めるシェアは20年後には現在の8%から24%へと高まり、アメリカと日本を合わせたシェアを上回るという。そうした世界の経済地図の変化を見据え、米国もまた新たな国益の追求、国家戦略を迫られる。対中国という視点から日本のプレゼンス・存在意義が高まっていくことになるからである。農業に関していえば、いま以上に食料自給率を下げることはできない。中小菓子製造業者にとっても安全で特色ある地域原材料はいわば命綱。コスト競争だけでなく、多様な自然条件を活かした個性的な農業に活路を見出していかなければならない。そのためにまず求められるのが政治のリーダーシップ。グランドデザインの提示力と言い換えてもよい。「危機を超える経営」(伊藤邦雄、日経出版)にみる超付加価値型ものづくりの方向、あるいは「日本経済の底力」(戸堂康之、中公新書)にみる分散型産業集積拠点の形成、震災特区構想など、注目されるべき意欲的な提言も少なくない。『何故1番でなきゃいけないの』などとのたまう政治の愚劣さだけは即刻止めにしてほしい。政治のリーダーシップはドジョウ、金魚では迫力が足りない。せめてアマゾンに棲む電気ウナギ位の電圧が出ないことには世間は動いてくれないのではないか。

 全菓連専務・矢部正行