視点

日照雨(そばえ)の風景(平成23年8月)

―英国ストーン・ヘンジ―

夏の風物詩の一つでもある日照雨(そばえ)。幼少時に聞かされた伝承の記憶が蘇ってくる。キラキラと陽の光を受けて降ってくる小雨のカーテン越しに、狐の嫁入りの一行が川向うの山の裾野を行く。

ロンドン西北の大学都市オックスフォードの北に位置するストラドフォード・アポン・エイヴォンは文豪シェイクスピアの生誕地として知られる田舎町。民宿の若奥さん手作りの卵焼・ベーコンとトーストに紅茶の朝食をいただき同地を出発。南に向かって車を走らせる。初夏の陽光の下で小麦畑が風にそよぎ、白っぽい波紋を広げる。150㎞ほど走り南イングランドのソールベリー平原に着く。子供の頃に絵本で見たストーン・ヘンジは何処にあるのだろうか。地図を広げて確かめる。図上にパラパラと小雨が降ってきた。空は快晴で日が照っている。日照雨(そばえ)である。日照雨を狐の嫁入りの日とする言い伝えが世界でも数少ない例として南イングランド地方にも伝わっていることを何かの本で読んだことがある。車窓から異国の地の一行の姿を捜す。ソールベリー平原のお嫁さんは面長で可憐なまなざしが幼少時に見たときと変わらない。白無垢の装いからはみだしている尾っぽが、気のせいか色艶やかで大ぶりなだけである。

地平線にストーン・ヘンジが見えてきた。車を降りて遺跡に向って歩く。日照雨の上がった地上の緑と夏の青い空を縁取る青褐色の巨石遺跡のシルエットは、神秘的でオーラに包まれていた。ヨーロッパ大陸でも例を見ない先史時代の巨大環状列石・ストーンサークルである。高さ7mの巨大な門の形をした祭壇の組石を中心に、直径100mの円形に高さ4~5mの立石・メンヒルが並ぶ。夏至の日に、ストーン・ヒールと呼ばれる玄武岩と建造物中心の祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇ることから設計者には天文学の高い知識があったと考えられている。しかし、その目的は今もって謎のままである。

建造物は紀元前2500~2000年頃に造られ、重さ6tの祭壇石など緑色砂岩はウェールズ地方半島で切り出されて海を渡って250㎞もの距離を運ばれてきたものだという。金属器もまだ本格的に実用化されていない時代に、膨大な数の人々がどう組織化され巨大な建造物を完成させたのだろうか。近くの木陰で仰向けになり南イングランドの青空を眺めていると、小麦畑、牧草地が広がるソールベリー平原がいつしか鬱蒼とした森に変わり、遥かな人々の生活の営みの声が聞こえてくる。森の英雄ロビンフッドまでが登場してくるような気がした。

ソールベリーまでの道すがら立ち寄ったコッツウォルズの中世の町並みと廃墟となった城郭の石段の風景が浮かんできた。そういえば、太古からの同地の時の流れはどうなっていたのだろうか。ストーン・ヘンジの時代がゆっくりと過ぎたあと、紀元前5世紀には鉄器を駆使するケルト人が大陸からやってきて居住する。同54年にはローマのJ・カエサルが南イングランドに上陸、ローマ人がブリテン島を制圧する。キリスト教化が進む。さらに、500年後に西ローマ帝国が滅亡すると、今度はゲルマン族のアングロ・サクソン人、ノルマン人などが侵入、群雄割拠・王権争奪の時代となる。領主の圧政に立ち向かう弓の名手ロビンフッドの伝説が生まれる。

木陰を初夏の風が通り抜ける。微かに海のにおいがしてくる。1588年にはヴィクトリア朝のエリザベスⅠ世がスペインの無敵艦隊を撃破、メイフラワー号がアメリカ新大陸に向けて出航。清教徒革命、王政復古を経て連合王国が成立する。何とも破天荒。だからこそ、「リア王」、「マクベス」などシェイクスピアの名作が生まれていったのだろうか。ヒトラーと戦ったウィンストン・チャーチルもいる。そうした波乱の歴史を一人ジッと見つめてきたストーン・ヘンジ。そのオーラ、遥かなる記憶は人類の根源的エネルギーの不思議さ、もっと言えば、想像を絶するような困難も自分たちで立ち向かっていくしかないとの人間の強さを伝えてくれているのかも知れない。日本はいま東日本大震災という未曾有の困難に直面している。自然への畏敬と感謝、思いやりの心を大切に万世一系の歴史を刻んできた日本だからこそ、世界に向ってその気概を示していかなければならない。ソールベリー平原から日照雨の日に婚礼に向かう狐の嫁入りの一行がエールを送ってくれている。

 全菓連専務・矢部正行