視点

被災地の復興に全力を(平成23年4月)

―大震災の衝撃を乗り越えて―

平成23年3月11日2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震は、国内のみならず世界にも大きな衝撃を与える大災害となった。地震のエネルギーは16年前の阪神淡路地震の1500倍に相当する世界最大級のM9・0を記録した。震源からはるか離れた東京の全菓連事務局でも震度5強の揺れによって、ビル全体が大きくきしみ揺らいだ。テレビに映し出された自然災害の猛威に圧倒される。街々が津波に飲み込まれていく。瓦礫の山、廃墟となった被災地の惨状をただ見守るばかりであった。為すすべもない。被災地の組合員はどうなっているのだろうか。電話、携帯も繋がらず現地の安否情報もままならない状態が続いた。

地震発生から1ヶ月余が経過しようとしているが、組合員の被害の詳細は今もってつまびらかではない。死亡が確認された人の数は岩手、宮城、福島の3県を中心に1万3千人、行方不明者は1万4千人余を数える。肉親の安否もままならず、地震直後の緊張と瓦礫の山を前にした被災者の方々の絶望、孤立感、苦しみはいかばかりか。被災地の皆様に心からお見舞い申し上げ、心ならずも尊い生命を落とされた方々のご冥福をお祈りいたします。

断続的に続く余震に脅かされながらも、被災現場ではようやく、復興への槌音が聞こえ始めている。この間、地震発生から2週間が過ぎて、安否が心配されていた組合役員の方と電話が直接通じたときの感激を忘れることができない。『津波があっという間に押し寄せ、生命だけは助かった。片付け作業が今日から始まった。周りから、おいしいお菓子を早く食べたいと声をかけられ、菓子屋の誇りが呼び起こされ勇気がわいてきた』であった。また、『家族、店舗を失い、菓子屋は私の代で終わりと覚悟していたが、遠路を仲間が心配し訪ねてきてくれた。やれることをやるしかないと気を取り直した。従業員を集めて再起を誓い合った』との声が現地を訪問した別の県役員から伝えられた。

自衛隊、消防、自治体職員、医師・看護師、ボランティア、海外救援チームなどによる必死の活動が続けられる一方、10数万人もの人々が今なお不自由な避難所生活を強いられている。政府にはまずは何よりも現地の復興に全力をあげてほしい。東京電力福島第1原子力発電所は危機的状況から未だ脱し切れていない。英知を集めて一刻も早く収束方向を見出していかなければならない。電力供給不足への工夫とともに、震災の衝撃による消費の落ち込みや企業の投資意欲の後退に歯止めをかけ、経済を活性化させていくための施策も重要である。経済全体が大きく落ち込んでいくような事態は何としても避けなければならないからである。

戦後の日本復興の足取りを追いピューリッツァー賞を受賞した米国の歴史家ジョン・ダワー氏から激励のメッセージが震災直後に寄せられている(3月16日付毎日新聞)。『破壊的映像を前にして、日本が過去に経験してきた幾多の困難が思い起こされる。空襲で破壊し尽くされた日本の街々を前にして当時、ほとんどの日本人や外国人には速やかな復興は思いもできないことでした。しかし、やり遂げたのです。今回もまた必ず、日本はそうするでしょう。世界が見ています』であった。

今回の震災によって改めて思い知らされたことは自然の圧倒的な力。そして、人間のか弱さ。突きつけられたのは人々の謙虚さではなかったのか。防潮堤など人間が作る構造物には限界があった。備えは一人ひとりの行動しかないとの専門家の言に項垂れる。小さき人間、か弱き人間だからこそ、心を一つにして与えられた試練に皆で立ち向っていかなければならない。全菓連では3月24日に全国各県組合に向けて義援金の呼びかけを行わせていただいた。被災地への励まし、善意の輪がこれから息の長い様々な形で広がっていくことを期待したい。「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」(本居宣長)の季節が間もなく、みちのくの地を訪れる。太古からの掟である自然との共生、思いやりの心が日本の明日を切り拓いていく。

 全菓連専務・矢部正行