福井県菓子店

2022.10.19

竹内菓子舗

県内1番店を目指して

竹内信仁社長 今回ご紹介する会社は、福井県福井市に居を構える「株式会社竹内菓子舗」様です。明治7年に創業。創業時は北国街道との整備された城下町の入り口に位置し、一服できる茶店としてスタート。2代目の時期は戦時中ということもあり砂糖不足のため醤油と万寿をという形態に。3代目になり万寿を本筋の商いとし4代目で餅なども始め菓子の扱う種類を増やし菓子業を本格的に生業としました。

 そして現社長、5代目の竹内信仁社長の時代となり、2015年に念願であった新店舗に移転し、さらに商品に対するこだわりも増し福井市で押しも押されぬ名店と成長されています。お話を5代目であり現在47歳の竹内信仁社長にお伺いいたしました。

~竹内社長が社長に就任された経緯をお聞かせください~

竹内菓子舗 高校を卒業した後東京の法政大学経営学部に進学。その後、家業を継ぐために日本菓子専門学校に入り基礎を学び「株式会社昭和製菓 蜂の家」様に入社し8年勤務しました。その間に、結婚し子供も3人もうけましたが、家業を継ごうと決心し帰郷。

 最初は駄菓子を置きながら和菓子も販売するという形態でしたが、これではいけないかなと銘菓を作ることを決意しいろいろなお店を見学しに行きながら将来の構想をねっていきました。

~竹内菓子舗様の銘菓といえば「四代目と喧嘩しても作りたかった五代目の米粉カステラ」とは思いますが構想秘話などお聞かせください~

 「蜂の家」当時に様々なお菓子に触れさせていただきましたが、唯一触れてこなかった「カステラ」を作ってみたいな、という事がスタートになっています。そこと地域の素材を、何か使いたいなと見たときに、今は新潟の代名詞という感じのブランド米「コシヒカリ」。それはもともと福井県が品種開発したブランド米であることに着目し福井県産の「コシヒカリ」を使ったカステラを作ってみようという事を考えました。

~非常にネーミングが面白いですがどのようなイメージでつけられたのですか?~

 「四代目と喧嘩しても作りたかった五代目の米粉カステラ」という名前にした理由の1つは四代目・五代目と書くことによって歴史ある店だと皆さんに認知していただこうという気持ちがありました。またよく聞かれるのですが四代目とそんなに喧嘩したのかという事ですが多少はやはりありましたが、それよりもインパクトをつけようという感じでした。

 カステラが出来上がった時に商工会議所からプレスリリース。狙い通りで名前のインパクトから新聞社など主要な福井県のメディアが取材に来るという形になり名実ともに看板商品となりました。

~銘菓としてのお菓子が出来上がりその後の発展について教えてください~

四代目と喧嘩しても作りたかった五代目の米粉カステラ 米粉カステラは非常に人気が出てテレビにも取り上げられるほどになりました。そんな状況で誰かを雇用と思っていた時期に現工場長である倉橋さんとご縁ができ現在も右腕として活躍してくれています。彼が入ったことにより私も気持ちの面でも余裕が出てきて、以前から考えていた店舗移転に踏み切ることができました。

~大変すばらしいことですね。今後の展開などはどうお考えでしょうか?~

 おこがましいかもしれませんが、福井県といえば「竹内菓子舗」といわれるように県内1番の店を目指しています。実際に福井県技能士会の中でも技能士の資格を持っているものがうちの縁ある子たちだけでも5名もいます。人を育てることも同時に進めながらお店の発展も進めていきたいと思います。

 歴史ある会社の5代目として胡坐をかくことなく真摯に菓子と向き合う竹内社長。全国菓子工業組合連合会福井県青年部部長の役職など多数の役職を持ちながら、菓子屋オンラインサロンとして立ち上げた「369会」の代表として県内外の和洋菓子屋さんを集めてみんなで発展していこうという会も主宰されています。

 支えてくれている奥様に対する感謝の気持ちも、周りの人に対する感謝の気持ちも持ちながら、夢を大きく広げていく姿に今後も期待したいと思います。

 全菓連青年部中部ブロック長・岡本伸治