長野県菓子店

2021.11.17

万寿堂

創業百年に向けて

赤飯万寿 普通は「饅頭」と書くところ、店名の「万寿」をあてて商品名に。 当店は大正十二年九月に創業致しました。初代は豆菓子を主に商いをしていましたが、松本五十連隊の御用商人となってからは餡入りドーナツが評判となりました。初代は身体があまり丈夫ではなかったので、お仲間のお力を借りて毎日千個ほど作り、まだ十歳の子供だった父が年上の小僧さんを何人も連れて売りに行ったという自慢話をよく聞いたものです。

 昭和四十年代は松本駅構内の土産品としてそばまんじゅうがよく売れ、早くに自動包餡機を導入して製造しておりました。その後大量消費の時代が終わると、当店では赤飯万寿が主力商品となり、第二十五回全国菓子大博覧会に於いて金賞を受賞いたしました。今では「赤飯万寿といえば万寿堂」とお客様にご推薦頂けるようになり、全国よりご注文を頂いております。

万寿堂外景 水彩画。20年前に描いてもらった地元画家「小峰清一」氏による店頭のスケッチ。今もほとんど変わっていません。 三年前、九十二歳まで生涯現役で働いていた父が急逝いたしましたので、あまり真剣に手伝っていなかった私が急遽三代目を継ぐことになりました。父がいつの間に書いておいてくれたのか、当店の品物のレシピがありましたので味を変えることなく営業を続けることができました。生前の父は大変勉強家で業界の新聞や雑誌をよく読んだり、組合の会合にも積極的に参加し、新しい考え方や新製品を試してみたりしておりました。同じ甘さでも上白糖から白ザラ糖へ、トレハロースを併せて使ったり、時代に沿った甘味になるよう努力しておりました。和菓子の日制定以来、この日を広くお客様に知っていただけるよう嘉祥菓子をお配りし、これも当店の伝統としてこれからも守っていきたいと思います。時代も生活様式も変わり、店頭売りからこの頃はデパートの催事フェアや組合の企画などで販売させていただく機会も増え、お客様の層が拡がったことはうれしい限りです。

 お陰様で昨今のコロナ禍でも大きく減少することなく売り上げているのは、「1グラムでも大きく、一円でも安く」と、真面目に仕事に向き合ってきた父の教えの賜物と改めて先代に感謝しております。買ってくださるお客様と、安心安全な原材料を納めてくれる業者さんと、そして菓子組合のご尽力で今日まで頑張っております。

 近年は、新しくできるのは洋菓子店とパン屋さんばかりで、和菓子屋はなかなか難しいですが、四季折々、そして人生の節目には和菓子が重要な位置を占めていることを誇りにして、父が目指していた創業百年を目標に、家族三人で地域に根差し、お客様に喜んでいただける和菓子を提供できるよう精進したいと思います。

 松本菓子組合・万寿堂・井上雅恵