大分県菓子店

2021.05.17

㈲一六本家

日々の積み重ね

後藤光宏氏 県南部の豊後大野市三重町赤嶺で和菓子店㈲一六本家を営む後藤光宏氏は、昭和の時代から何度も変化を遂げていった三重町駅前通り商店街で、定番商品のまんじゅうと焼菓子を中心に三代目主人として50年以上ほぼ変わらぬ商売を続けている。

 一六本家は四国から帰郷した祖父の辰二郎氏が明治16年に創業し、和菓子店としての礎を築き二代目勝士氏が一六まんじゅう等を人気商品に育て繁盛店として地域にしっかりと根を張った。

 昭和28年には売上も順調に増加して職人を含め従業員が10数名まで増えたことから早々に法人化して福利厚生を充実させた。

 そんな中、長男だった光宏氏は大分市内の商業高校に通い簿記等を学び昭和32年に㈲一六本家に入社し、すぐに工場で仕事を見聞きして覚えることとなった。

 ちょうど全国的に洋菓子が流行し始めた頃にはケーキとパンを勉強し数種類ずつをしばらくの間製造していたが、30才を過ぎ社長に就任した光宏氏は給食パン製造の依頼や洋菓子の大量注文等で設備強化並びに人材育成を余儀なくされ、悩んだ末に従来の仕事に影響が出るのを避けるために、初心にかえり先代から受け継いだ和菓子作りに専念することとした。

 全てのお客様に同じサービスが行き届くよう心がけている光宏氏は、菓子の品質維持・管理に支障が出ないよう常に自分の目の届く商売にこだわっており、感謝の気持ちを忘れず、長年積み重ねてきた信用も失うのは一瞬だと言う言葉を肝に銘じているとのこと。

 かつては大分市のベッドタウンとして栄えた大野郡三重町は2005年に市町村合併で豊後大野市となり、その後十数年で近郊の人口は減少し、バイパスが開通して郊外型店舗を利用する消費者が増えるに連れ駅前通り商店街からは自然と人が遠のき閉店した店も少なくない。
 そんな商店街にあって昔と変わらぬ商売形態で和菓子店を継続できるのは、日々お客様からの信用を失わないよう丁寧かつ堅実な仕事を心掛けている企業努力の賜物と言える。

 現在83歳の光宏氏は妻の洋子(ひろこ)さんと近所に住む長女の齋藤ひろみさんと3人で毎日同じようにお客様を迎える準備をしており、商品ケースには一番人気の「観音さん」を始め6種類の饅頭と焼菓子等を用意して、余程のことが無い限り毎年元日しか休まずに来店してくれたお客様のニーズに応えることを念頭に置いていると言う。

 ずっと純粋で前向きな気持ちで仕事をしているからなのか2年ぶりにお会いしても少しも変わらず、この日は社長の若々しい笑顔に元気をいただいた。

 大分県菓子工業組合事務局長・早瀬大雄