佐賀県レポート

2019.12.16

村岡総本舗羊羹資料館

明治初期から受け継がれる羊羹文化

村岡総本舗小城本店(左)と並び建つ羊羹資料館 佐賀県小城市は古くからの歴史伝統に恵まれ、約百五十年にわたり羊羹業が脈々と受けつがれています。

 江戸時代小城鍋島藩七万三千石の城下町門前町として栄え、京都鎌倉の風情が街の各地に残されています。「佐賀県の歴史散歩」(山川出版社二〇一二年刊)では江戸時代以来の佐賀県の中心である佐賀市佐賀城下の記録十九頁を上回る二十一頁の記録がなされていて唐津、有田等の名所案内よりかなり多くの頁が小城の城下町に与えられています。小城の一大中心であった須賀神社前の明治三十二年創業の村岡総本舗は百二十年の羊羹づくりの歴史を有し、昭和五十九年三月三十一日村岡総本舗羊羹資料館を開館し、羊羹の情報発信に努めてきました。

 小城の地に羊羹業が始まったのは明治五、六年ごろといわれ名水百選清水川に代表される、秀峰天山の花崗岩から流れる名水による羊羹の餡づくりが基本とされています。江戸期砂糖が豊富であった肥前(佐賀県、長崎県)で幕府献上砂糖を所有していた小城藩の伝統や天山北の山間地が小豆、隠元豆の産地であったことから、明治期に入り日もちのする煉羊羹は、新しい時代の食料、嗜好品として、後には携帯食保存食としてこの地に受けつがれました。大坂の羊羹、長崎の羊羹の製法が元であったとされ、戦後は五十以上の羊羹店が軒をつらねたとされています。

 現在「小城羊羹」の商標組合である小城羊羹組合は二十三(市内十八県内五)の組合員から構成されています。「小城羊羹」は伝統製法、アルミケース包装の2種があり、一般に知られるのは伝統製法の「切り羊羹」です。棹物の語源である羊羹の一棹の呼称は、伝統製法が羊羹舟に羊羹を流し固めて一本一本切り分け、その形が棹に似ていることからとされています。

 「昔羊羹」と称して固めてシャリの出た羊羹が近年注目されていますが、本来の切りたてのジューシーな、蒸し羊羹に近い歯ざわりの良いあじわいが最も「おいしさ」を伝えるともいわれています。

 近年海外においてモカコーヒーストレートと切り立ての本煉羊羹の苦み甘みのハーモニーが高く評価され、コーヒーにあう和菓子(伝統菓子)が再び脚光をあびています。

 伝統製法の煉羊羹とアルミケース包装の煉羊羹を食べ分ける、この地方の風土が購買額で日本一の佐賀県をつくりあげています。南蛮菓子も多様に存在する肥前は、伝統菓子の宝庫であり、洋の東西から招来した伝統菓子はまさにこの地で脈々と受けつがれ世界遺産ともいえる「あじわい」「おいしさ」をつくりだしています。

 村岡総本舗羊羹資料館は平成十七年二十二世紀に残す佐賀県遺産に隣の村岡総本舗本店とともに認定されました。先立つ平成九年に村岡総本舗羊羹資料館は国の有形文化財に登録されています。

 砂糖が食べる宝石であった時代のおもかげを残す村岡総本舗羊羹資料館にぜひおでかけ下さい。

 佐賀県菓子工業組合理事・村岡安廣