群馬県菓子店

2019.08.15

ヴァンダラスト

創業から二代目へ

店内の様子 生まれは福岡県。縁があり現在は群馬県太田市でパン製造小売業を営んでおります。

 関東の大学を卒業し、たまたま就職したのが都内に本社のある卸売を主とした製パン会社でした。(1970年)

 当時スーパーのインストアベーカリーが出始めの頃で、入社2年目に伊勢崎市に群馬県初の西友ストアが出店し、私の製パン会社がインストアベーカリーを担当し店長として派遣されました。(職場結婚し5ケ月目位の時に、上司から〝おまえの女房群馬だから子供でも作って来いよ‼〟と言うことで)西友時代にパンを作る楽しさ又商品を作りすぐに現金に変わるという事に感動し作る喜び売る喜びを体感しました。3年位が過ぎ子供も出来ず「作る喜び売る喜びを」を女房と一緒に毎日体感しながら生きて行くには、脱サラしてパン屋をやるしかないと思い、群馬県太田市でパン屋を始めました。子供を作らず店を作りました。(1976年)

ヴァンダラストの食パン 1979年長男誕生。店も順調で1985年2店舗目を開店しました。創業してから15年位は日本経済も右肩上がりでしたが、平成になりバブルもはじけ日本経済も右肩下がりとなり、経営者としての苦しみを世間並に経験させてもらいました。

 2000年に15年間2店舗体制で来ましたが、自分の目が届く一店舗体制に戻しました。いろんな出来事の中、長男も高校生に成り「パン屋になってもいいかな」と言い出しましたが少しは迷っている様でした。友人達がみんな進学するので、本人も進学したいと言う事で農学系の大学へ進学する事を助言しました。無事進学し大学3年の終わり頃息子から「就職活動を始めた友人も出て来たので俺はどうすればいいんだ」と言われパン業界へ来るならお前の就職先は俺にまかせろという事で、レベルの高い商品で、厳しいといわれる個人の繁盛店を昔の上司に探してもらい、そのパン屋に入社させてもらいました。息子の修行中「麺棒が飛んで来たら、俺はすぐに辞めるからね、それ以外は何でもガマン出来るから」と言われ、職人経験のない私はパン職人の世界はこんな所もあるんだという事を始めて知りました。

 2008年5年間修業して帰って来て最初の言葉が「パン業界に入る前は親父はすごいなあ」と思ったけど「あんな適当な作り方でよく売れるなあ」と言われたのが今でも頭にやきついています。パン職人としては息子とは月とスッポン位の格差があり仕事中私は首から上は捨て去り汗だけを流す事に徹し一緒に仕事をやっています。修行先を探していただいた先輩や修行先のお店の方や一緒に働いた同僚の方達には大変大変感謝しております。

 代表取締役も息子に渡し又2018年には店舗を新しく建て替え法人名は今迄と同じで店舗名をマイピアからヴァンダラストに変えました。代表者を引退してからは企画運営その他諸々口出しはしません。汗を出すだけ。この場をお借りして「息子よありがとう」又これからが代表者としてのほんとうのスタートだと思います。三代目迄バトンタッチしてくれる事を祈っています。

 群馬県菓子工業組合副理事長・大村隆秀