佐賀県レポート

2018.12.18

有田菓寮を開催

和・洋菓子を青年会で受け持つ

有田菓寮 佐賀県西部に位置する日本磁器発祥の地、有田。17世紀初頭に李参平が有田・泉山で磁器の原料となる陶石を発見し、我が国最初の磁器を焼きました。それ以降、多くの陶工たちが一斉に磁器の製作に取り組み、一大産地を形成していきました。

 晩秋のこの有田の地で11月21日(水)、22日(木)の2日間「有田菓寮」が開催されました。有田菓寮とは器と茶と菓子を通して、有田、嬉野、佐賀のクリエイティブな取り組みをお楽しみいただける、特別なティータイムです。

 器は人間国宝として評価される「白磁」を極めた有田の井上萬二氏「青瓷」を追求した武雄の中島宏氏。そしてその歴史の重さから佐賀の「三右衛門」と称される「鍋島」の御用赤絵師として一子相伝で技を伝えてきた今泉今右衛門氏。1647年に日本で初めて赤絵の器を創り出した酒井田柿右衛門氏。古唐津からの系譜を守る中里太郎右衛門氏のものを使用。

 茶は日本茶のルーツである佐賀西部に位置する全国でも有数のお茶所、嬉野の茶師「副島園」の副島氏が担当。嬉野茶の歴史は古く、1440年現在の中国大陸から移住した唐人が陶器を焼く技術とともに自家用の茶樹の栽培を伝えたと言われています。

 菓子は佐賀県菓業青年会で受け持ち、洋菓子を「クルール・ド・銀月」の田中氏、和菓子を「大串製菓店」の大串氏、そして「御菓子司鶴屋」の貞包氏が担当しました。

 会場となったアリタセラ内のaritahuisは有田との交流をはかる海外のクリエイターらが長期滞在するレジデンス機能を備え、さまざまなイベントを通してものづくりの発信拠点となる役割を担っており、今回の「有田菓寮」を開催するにはこの上ない場所となりました。

 両日とも11時、15時スタートの2部構成とし、それぞれ3種の茶と菓子を用意。器の色味に合わせた季節の洋菓子、和菓子にまたそれに合わせた茶。クラシックな茶会、茶席とは一線を画し、広々としたオープンキッチンでゲストとカウンター越しに対峙する全身白で統一したホスト役の茶師と菓師。時には大きなワイングラスに美しい所作で焙じ茶を注ぎ、黒い拳大のチョコレートの塊に、熱したチョコレートを流し掛ける演出で応えます。

 1種類ずつペアリングされた器と茶と菓子の説明を終えると、感謝を込めてゲストの席を回ります。そこで生まれるコミュニケーションはライブででしか得られない貴重な時間となりました。

 150年前、国内最先端の技術を有した佐賀藩は先見性を持ち、日本の大きな形を作りました。また日本が初めて正式参加したパリ万博では、幕府の諸藩への参加要請に対して、参加したのは幕府・薩摩藩・佐賀藩の「3政府」だけでした。佐賀藩使節団は、陶磁器や白蝋、和紙、茶など佐賀藩領内の特産品を多数出品するとともに、欧米の進んだ技術や制度の吸収に努めたとのことです。

 結びに、この明治維新150年を機に佐賀藩の素晴らしい功績を多くの方に広めると同時に、その根底に流れる志を引き継ぎ、未来へ向けて菓子の新たな情報発信の可能性を考えて行きたいと思います。

 佐賀県菓業青年会会長・堤一博