福岡県レポート

2018.09.20

博多水無月と歩んだ二十年

百年後のスタンダード目指して

博多水無月 和菓子の歴史は古く、老舗と呼ばれ数百年続く銘店も数多ある。されど個人の人生には限りがあり又時代背景も重なり思う様にいかない事も多々ある。二十年前不況風吹き荒れ、世代交代が叫ばれる中、混沌とした淀みから抜け出せない福岡の菓子業界に一つの提案をした。ライバルが最高のパフォーマンスで闘う事ほど見る人(お客様)にとってワクワクすることはない!その闘いが出来るフィールド作りが必要ではないかと。京都での修行時代、福岡にはない食文化『水無月』に出会い持ち帰り作った。が、知名度と成り立ちの物語が無い福岡での定着はしなかった。同業の方々に聞いてもそれは同じであった。縁あって一九九九年に福岡市和菓子組合に入会した折提案をした。「この地で百年後の当たり前の季節菓子を今、始めませんか!」

デパートでの催事 十数回の会議で決めた事は①期間限定にする事。②統一の旗を掲げること。③原材料は「蕨粉と小豆を主原料に笹で巻く」というシンプルなものにして店主の創作意欲をかき立てた。そこに各々がイメージを膨らませ個性ある『博多水無月』が完成した。メディアは挙って業界のまとまりが凄いと伝えてくれたが、そこには切羽詰まった環境があった事は事実である。

福岡県菓子工業組合 しかし私達の最終目標は百年後のスタンダード。知的所有権(商標登録)の獲得や誕生餅の販促用冊子の出版物発行なども手がけ、業界浮上に邁進した。毎年行う「博多水無月共同催事」は福博のデパートで三回開催しているが、二十回目の今年、売り上げレコードを二会場で叩き出した。二十回目にしても記録更新を続ける理由ははっきりしている。季節感化(風物詩)、新作によるニュースソース、作り手の思いを直接伝える販売方針、新規の人のスポット販売などなど。定番でありながら、話題を入れる手法は確かに大変ではある。今やらなくてはならない事に全力で向かい続けても人生は限りがある。

 それを奮い立たせる言葉がインドの父ガンジーの言葉である。
 「永遠に生きる様に学べ。
 今日死んでもいい様に生きろ」

 博多水無月はこれからも生き続ける。

 福岡県菓子工業組合理事・福岡市和菓子組合理事長・松本弘樹