佐賀県菓子店

2018.08.20

竹下製菓株式会社

九州のソウルフード ブラックモンブラン

12面ブロック長➀ 今回は日本酒や小城羊羹が全国的にも知られている佐賀県小城市で菓子・アイスクリームの製造を行っている竹下製菓の代表取締役副社長 竹下雅崇氏(36)を訪ねた。九州において竹下製菓㈱は「ブラックモンブラン」や「ミルクック」、「トラキチ君」などのアイスメーカーとして良く知られているが、実は120年以上前から菓子の製造・販売をしていた個人商店が元になっているとのこと。

 竹下製菓の始まりは現会長である竹下敏昭氏の曾祖父にあたる竹下佐七氏が現在の佐賀県鹿島市あたりで菓子屋を営んでいた所までさかのぼる。佐七氏は全国を歩き回って自ら情報収集を行い明治27年(1894年)に「菓子製造法」というレシピ集をまとめた。その中には竹下製菓で現在も製造しているマシュマロだけでなく長崎のカステラ、鹿児島の薩摩カルカンなど九州の郷土菓子のレシピも数多く書かれているそうだ。竹下製菓に残っている最も古い資料がこのレシピ集であるため、それ以前から菓子屋を営んでいたかも知れないが確認が取れないので創業年に関しては「明治27年以前」「創業120年以上」と言った表現を使用しているとのことである。

ブラックモンブラン 佐七氏が佐賀県鹿島市で創業した後、明治末期~大正はじめ頃には佐七氏の息子である竹下佐八氏が佐賀県佐賀市に店を移し「指月堂」という名前でビスケットなどの製造・販売を行っていた。ちなみにこの「指月堂」は100年の歳月を経た現在、福岡の岩田屋本店地下2階にて「SHIGETSUDO by Takeshita Seika」として見事復活されている。その後、事業拡大に伴い佐賀市内で何度か移転を繰り返し、佐八氏の息子である竹下小太郎氏に引き継がれる事となるがこの小太郎氏こそ九州のソウルフード「ブラックモンブラン」の生みの親である。

 戦争の影響で不安定な時期を乗り越えて順調に会社を大きくしていった小太郎氏であるが、甘い菓子は夏場に売上が落ちてしまう事に対して長年頭を悩ませていた。その対策として取り入れたのが現在の竹下製菓の主力事業であるアイスクリーム製造・販売であった。当初は砂糖水を凍らせたアイスキャンディーの様な製品ばかりであったが、乳製品などの原料が手に入り易くなったのと機械類の発展にともない乳を使ったアイスリームも製造されるようになっていったそうだ。

 アイスクリームの売上も順調に伸びてきた頃、小太郎氏がヨーロッパの経済視察旅行に参加する事となり、フランスのシャモニーという街でアルプスの最高峰「モンブラン」を見学した。モンブランの美しさに魅了された小太郎氏は「この真っ白い山にチョコレートをかけて食べたらさぞ美味しいだろうな」と思いつき、帰国後に真っ白なバニラアイスにチョコレートをかけて試作を繰り返し、最終的にクッキークランチをまぶして今のブラックモンブランが出来上がったそうだ。このブラックモンブランが爆発的にヒットした結果、夏場の菓子の売上減を補うために始めたアイス事業が元々の菓子事業の売上を追い抜く事になってしまい、現在は再び菓子事業の売上を上げるべく土産物などの新しい市場にも積極的に挑戦しているそうだ。

 その後、小太郎氏から息子の竹下敏昭氏に会社が引き継がれ、現在は敏昭氏の娘である竹下真由氏が社長となり会社を引っ張っている。竹下製菓初の女性社長であるが女性ならではの視点でこれまでとは一味違う商品開発や会社運営を行って、ますます会社を盛り上げていく事が期待される。

 全菓連青年部九州ブロック長・大串久昭