愛知県菓子店

2018.02.16

蟹江町 ㈲パリジャン

43年間愛されるお菓子&お店

2代目社長の松田和也さん(右) 今回は、名古屋の西隣の蟹江町に店を構える㈲パリジャンさんをご紹介させていただきます。2代目社長の松田和也様には、愛知県、岐阜県、三重県3県合同の洋菓子協会主催のコンテスト大会の準備でお忙しい中、お時間を頂戴してお話を聞かせていただきました。

 お店の創業は、先代社長のお父様が昭和50年10月、今の本店から少し離れた近鉄富吉駅近くのテナントでオープンされ、7年後には今の本店となる蟹江店を、尾張中央道沿いにオープン。

 このお店には、創業以来売り続けているロングランヒット商品、その名も店名を取った「パリジャン」が店の大黒柱となって、蟹江一円、及びその周辺のお客様をとりこにしています。この名品「パリジャン」は、先代社長が考案し、今でも生地の配合も変えずに43年前と同じ製法で作り続けている逸品です。

 先代社長の「パリジャン」への思い入れは、まず小さい子供からお年寄りまで食べられることをコンセプトに、スポンジと生クリームだけで作った単純なお菓子で、食べやすさを追求し、袋に入れることによって手を汚さずに食べられることから生まれました。

 値段の方も80円からスタートし、43年経った今でも120円という「おやつ菓子」には最適な値段でお客様に喜ばれ、売上の柱となっています。

 さて、こんな順調にお店を経営されている2代目、和也氏がこの世界に入ったきっかけは、先代がまだ他店でお仕事をされていた幼い5歳の時、家でデコレーションケーキを作ってくれたものを食べた時に「めちゃくちゃおいしかった」という想い出や、粘土遊びで先代がバラや動物を上手に作ってくれて感動し、とてもうれしかったという記憶が今でも深く残っている。

 先代が独立し、自分の家がケーキ屋さんとなってからは、毎日工場に入っては卵を割ったりしてお手伝いをしていたが、中学一年生になってからは俄然やる気になって、学校が休みの日には1日中工場に入って他の職人さんに混じってできる仕事をしていたそうです。

 しかし、先代は工場の中では他の従業員と同じ目線で自分を見て、褒められることもあるが怒られる時は目一杯怒る厳しい父であり師でした。

 大学を卒業し、先代の知り合いの店へ3年半修行に出るが、その店での仕事の流れが自分の家とは全然違っていたので戸惑い迷ったが、自分が何の為に修行に来ているのか、と自問自答し「よし、一番に仕事に入っていちばん最後に帰ろう」と決意し、修行が終わるまで実行し続けた。また、修業先の社長は花がとても大好きで「花を育てれんやつは人を育てれん」と口癖のように話していた。挨拶にもとても厳しく、3年間技術というより人間としての有り様を教わったとのことです。

 26歳で実家に戻り、31歳の時に先代の突然の死を迎え、社長に就任しました。

 先代からは、まだまだ色々なことを学ばなければならなかったのに、自分がトップになって店の舵取りをして行くには越えなければならない山がいくつもあったが17年が経ち、過ぎてしまえば今こうして元気でやっていられるのは従業員、パートさん、アルバイト、家族、そして「パリジャン」に関わりのあった諸先輩の支えの元でやってこれました、と自信に満ちあふれた返答でした。

 愛知県菓子工業組合・鬼頭武司

店舗データ

㈲パリジャン蟹江店有限会社パリジャン

(蟹江店)
〒497-0055
愛知県海部郡蟹江町源氏3ー217
電話:0567−95−1105