岐阜県菓子店

2018.02.16

御菓子所 吉野屋

選ぶ楽しみを提供する

御菓子所吉野屋 良いお菓子があると聞けば、遠くまで出向いてでも味わってみる。思いついたお菓子は、必ず作って食べてみる。お菓子屋さんにとって普通のことのように思えることを徹底するのは決して容易ではありません。親子2代にわたり、お菓子作りへの研鑽に努めてこられた御菓子所吉野屋さんは、そんな普通のことを誰よりも徹底してやってこられたお菓子屋さんです。

 岐阜市の西に位置し、清流根尾川と日本三大桜として知られ、樹齢1500年を超す「淡墨桜」を有する本巣市の御菓子所吉野屋さんの創業は明治16年。地元では「谷汲さん」の愛称で知られる古刹、華厳寺への参道として栄えた本巣で、創業当時から3代目の頃までは、参拝客が休憩されるお休み処と盛菓子を扱うお菓子屋さんでした。「父である3代目は釣りが好きで、夏場の菓子屋は暇だったから、釣りばっかりやってたなぁ」と昔話をして下さった吉野屋さんの4代目坂井田良道さんは、まちのお菓子屋さんを地域の一番店に成長させた立役者。大垣市内の名店、風月に師事し、和菓子の技術を身につけられた4代目は、修行を終えて吉野屋に戻ったとき、盛菓子だけでなく、吉野家を代表するお菓子を作ろうと研究を重ねます。そうして生まれたのが地域を象徴する桜の名を冠した焼き菓子「淡墨桜」でした。以来、お客様にお菓子を選ぶ楽しみを提供するために、数多くのお菓子を開発し、現在の吉野屋さんの礎を築き上げられました。

坂井田裕高さん そんな4代目の背中を見て育った5代目社長の坂井田裕高さんもまた、お菓子つくりに対する情熱に満ち溢れています。専門学校を出てすぐに静岡県の「かしはる」さんで5年間お菓子を学び、更には恵那川上屋さんで4年間修行された大変な勉強家で、修業先では技術だけでなく、お菓子作りを楽しみながら仕事をすること、新しいお菓子がひらめいたら即作ってみることなど、現在のご自身のお菓子作りの道を決める、大切な心も学ばれました。数多くの技術と知識を身につけ29歳で吉野屋さんに戻られた裕高さんが、最初に開発したお菓子は、当時の岐阜県では珍しかった「かりんとう饅頭」でした。様々なかりんとう饅頭の名店を食べ較べ、研究に研究を重ねた作品は、今も吉野屋さんの大人気商品です。最近は和菓子と洋菓子の垣根を取り払い、より若いお客様にも楽しんでいただけるお菓子の開発も進め、大変ご好評を頂いています。ご尊父である4代目と意見が食い違ったり、喧嘩することはなかったですか?という少し意地悪な質問に対して「修行から帰ってきた頃は、少品種の商売に傾倒しましたが、今は父のいうお菓子を選ぶ楽しみを提供する姿勢が正しいと考えています」という言葉からも、父から子へ吉野屋さんのお菓子道のバトンは見事に受け継がれていることが伺えます。

 140年近くの歴史を持つ吉野屋さん。お店の近くには1500年の歴史を持つ淡墨桜がそびえ立つように、これからも長く長く吉野屋さんのお菓子作りは続いて行くことでしょう。

 全菓連青年部長・槌谷祐哉

店舗データ

御菓子所吉野屋御菓子所吉野屋 本店
岐阜県本巣市曽井中島宮前1019−1
TEL:0581−34−2034
営業時間:8時30分 〜 19時