熊本県菓子店

2017.03.21

100年を超える老舗 菓鋪松陽軒

菓鋪松陽軒 4月14日、熊本県大分県の一部で震度7強の地震が2回もおこりました。

 両県ともかなりの災害があり、電気、ガス、水道、道路などのライフラインが寸断され、予測不可能な事態に陥りました。2日後早急な対応で、全菓連の方々、九州ブロックの方々に支援物資を直接運んで頂きありがとうございました。

 あれから1年弱、熊本市の加藤清正が作ったお寺の町、魚屋町の創業明治43年菓鋪松陽軒4代目大竹保晴さん。あまり和菓子屋ではお目にかかれない黒い白衣で登場で話を聞きます。

 1代目松尾左平は長崎県の方で、カステレ松沖軒で修業ののち、熊本に縁があり、熊本の魚屋町でカステラ、朝鮮飴、羊羹の店を開業する。昭和6年天皇が熊本陸連に視察の時に、国産朝鮮飴として献上したお菓子の中でも有名である。

 第2次世界大戦後、すべて奪われ長崎に帰国するが、松尾左平はもう一度熊本の地で菓鋪松陽軒を始める。

 そこから跡継ぎが生まれず、隣の炭屋の娘さんが跡継ぎになり、大竹の名前に変わる。

 昭和40年しおがま(落雁菓子)商品を売り出し、カステラ、朝鮮飴、羊羹、しおがまの4枚看板としてお店を切り盛りしていくが、そこから跡継ぎ問題から大竹保晴さんが大学卒業後、三洋電機、電器回路設計技師を4年間勤めあげた後、熊本菓子工業組合理事長の大盛堂・堤公一氏の元で3年間修業後、跡継ぎとなる。冷凍冷蔵庫を増やし、和菓子から和洋菓子の新規開拓を目指し、新たな顧客を取り入れる為、従業員も増やし、商売としてやり続けていたが、時代の流れとともに洋菓子を辞めざるおえなくなり、和菓子一筋でやっていく。

しおどらやき 7年前100周年祭に2つの新商品を出す。1つは塩どらやきで、赤えんどう豆と小豆を一緒に炊き上げいいあんばいになるという。季節に応じた商品が桜どら、栗どらを販売し、ギフト用にサラリーマンの男性にも喜ばれています。

百年ぷりん もう1つの商品は、和菓子屋にプリンがあったらお客さんも喜んでくれるのではないかと作り始めたのだが、ネーミングが面白く「百年プリン」、熊本阿蘇牧場のジャージー牛乳を使ったプリン。濃厚で口どけが良い商品に仕上がってます。

 百年プリンは、お客さんの年齢層の幅も広く、特に子供や女性の方に人気があり、毎日完売でヒット商品となってきている。そこで順調に軌道にのって数年、熊本大震災が起こる。震災11日後にお店を再開したが、やはり周りの建物が修復されておらず、お店に人が入る気配がない。取引先、3店舗、大手百貨店のつるやデパートや、お得意先の魚屋町のお寺町のお寺の復旧の目途も立たず大変な痛手になった。

 その中でも52年続けているしおがま(落雁菓子)は、箱買いから袋買いになったが、震災後売り上げが伸び続けているという。

 最後になりますが、本震の恐怖で不安で眠れない毎日でしたが、全菓連の方々、九州ブロックの皆様の素早い対応や行動力に仲間として助け合う気持ちが強まり、感謝をし、まだまだ東北ブロックの皆様も復旧されない中義援金をいただきました。

 これからも熊本が1日でも早く復興するために、我々はお菓子1つ1つを丁寧に作り、全国の皆様へおもてなしさせていただきたいと思います。

 全菓連青年部九州ブロック長・松下利文