秋田県菓子店

2016.10.17

これまでもこれからも

秋田県産にこだわり、全国へ発信するお菓子づくりを

しとぎ豆がき 当社の創業は大正11年で秋田諸越「炉ばた」が主力商品ですが、和洋銘産菓子米菓を製造販売致しております。子会社に創業312年の杉山壽山堂、170年の翁屋開運堂他、提携会社として秋田いなふく米菓があります。

 平成5年に当社の新ブランド秋田粢菓子「一乃穂」を創業致しました。

 粢と書いて「しとぎ」と読み、お米という意味です。

 珍しい漢字でしたので、電話帳に載せる際や電報を打った時は、NTTさんに説明し「粢」という漢字を付け加えていただきました。当時、秋田県の人口は130万人もあり、駅から仲小路への往来は賑やかで、移転してしまった日本赤十字病院が多くの人を集めていました。現在は、色々な事情から106万人になってしまいました。病院の近くには、秋田県を代表する木内百貨店があり、出店していた当社の2坪ばかりの売店は、年間6,000万円を売上げ、坪効率は一番でした。しかし、食料品売り場が突然廃止になり、売上げが全て消えてしまう事態になったのです。このことが、「一乃穂」誕生のきっかけとなりました。県内はもとより、全国の商品から多くのヒントを探しました。そして、県外の友人、知人から秋田県のイメージは酒・米・美人と言われ、その中からお菓子に使えるのは「お米だ!」と言うことで早速、プロジェクトチームを立ち上げました。コンセプトづくりに始まり、商品開発やネーミングについて3年も費やしてしまいました。その間、とにかくお米に特化し続けました。

 今更、八郎潟の干拓を持ち出すわけでもありませんが、国の猫の目行政により、県農業が受けたダメージがかなりあると思います。そもそも、日本農業の苦境は、PL480法等により米国の余剰農産物を無制限に導入し、かつ我が国の輸入穀物の関税を撤廃したことに源があろうかと思います。県は、農業県からの脱却を図ろうと過去に数々の施策を試みてきましたが、成果をあまり挙げられたとは言えません。今こそ、お米を含めた農業を重要視し、新たな視点で多くの市民、県民、企業が秋田県農業を考えていくべきだと思いました。当社は、今まで秋田県産のお米にこだわり、全国に秋田米のおいしさをアピールしてまいりました。米菓部門においてはまさに孤軍奮闘でしたが、粢菓子は発売から24年が経ち、県内外から幅広いご支持をいただくようになりました。

 今般JA新あきたのロゴが入った「しとぎ豆がき」の発売には、1ヶ月で64万枚(JA新あきた産もち米10t分)があっという間に売り切れるほど、多くのお客様にご好評をいただきました。年間55‌tの秋田県産もち米を使用しており、りんご12t、そして、いちじく・ブルーベリー各1t(予定)を使用しています。諸外国は、農業と食料自給率の衰退が国家の自主独立性を弱体化すると考えています。そんな中で、日本の自国農業支援は世界最小なのです。だからこそ、地方の菓子店は安全安心な地域農産物を原料としたお菓子づくりが必要と思います。 

 秋田県菓子工業組合監事・株式会社かおる堂代表取締役社長・藤井明