世界のお菓子小史

エジプト時代

古代エジプトで小麦粉を使ったパンが生まれました。そのパンづくりの技術に甘味源としてのデーツ(ナツメヤシ)や果実と動物の乳などが融合して次第に菓子らしきものに発展しました。

紀元前1175年頃国王ラムセス3世のテーベの宮殿の製パン所を描いた壁画に様々な形のパンと共に数種の菓子と思われるものが描かれています。

ギリシャ時代

エジプトに生まれたパン焼きの技術は、ギリシャに伝わり、小麦粉に獣脂、オリーブオイル、卵に蜂蜜や果実等を入れて様々なパンや菓子が作られるようになりました。

たとえばBC200年頃には72種類の焼き菓子が作られていたといいいます。また、誕生日にはバースデーケーキが作られ、婚礼においてはゴマと蜂蜜から出来た揚げ菓子が欠かせないものとなっていたようです。

現在でも、蜂蜜を用いた揚げ菓子はギリシャを中心として近隣の地に多く見られ、その影響を受けたアラブ菓子に引き継がれているといいます。

ローマ時代

カルタゴやマケドニアを降し、地中海世界を統一したローマはギリシャより様々な影響を受けつつローマ文明の花を咲かせていきました。
 
この時代になると、パンと菓子が分離し別々の道に歩むようになりました。パンや菓子を作ることが男の仕事として確立し、BC171年にはその職業が法的に承認されるに至りました。

この時代、菓子は多くの場合権力者や富裕な人のために作られ、また、祝祭日や特別な儀式のためなどに使われていましたが、次第に商品化され、徐々に一般庶民の間にも広まっていきました。

また、ローマ人は神事を重んじ、神に多くの供え物をし、菓子を飾る技術がおおいに発達した。需要が高まるにつれ、店舗数がふえ、AD312年にはパン屋菓子屋併せて254軒にもなったといいいます。

甘味としては、当初蜂蜜や果実に頼っていましたが、アレキサンダー大王の東征を契機にインドの砂糖が次第に西方に広がり、ローマ社会に入るにつれ、菓子づくりも幅が広がっていきました。

中世

ゲルマン民族の大移動によりローマ帝国は崩壊し、現在につながるヨーロッパが形成されていきます。キリスト教が力を持ち、ガレット、ゴーフルなど宗教に関する祭事用の菓子が多く生まれました。

しかし、幾度とない飢饉、伝染病の蔓延等で人口が減少したりして、菓子に関しては大きな進歩は見られませんでした。
 
この時代の菓子は、小麦粉を主体に卵や白チーズ、あるいは香辛料を加えたもので、ちょっと手が掛けられたパンといったものでした。

この時期、その後のお菓子に大きな影響を与えたのは、ヨーロッパへの砂糖の伝播です。
 
砂糖は、それまで地中海貿易という限られた範囲で取引されていましたが11~13世紀の十字軍遠征によって、広くヨーロッパに持ち帰られ、14世紀にはいってかなり豊富に使われるようになりました。
 
砂糖との接触・普及とともに菓子の世界も少しずつ豊かになっていきました。

また製造面では、この時代オーブンは貴族や教会・修道院等が独占し、彼らの貴重な財源となっていましたが、やがてパン屋にも認められるようになったことがあげられます。

オーブンの使用料として支払われた蜂蜜、鶏卵、バター、チーズ、小麦粉などから修道院、教会、パン屋でお菓子づくりが始まりました。

ルネッサンス時代

14世紀以降、ヨーロッパには、文芸復興と呼ばれるほどに多くの学問と芸術が起こり、食文化も一気に成長の兆しを見せ始めました。

特にヨーロッパ諸国の覇権争いは、植民地の確保或いは地理上の発見となり、ここからコーヒー、カカオ、スパイスなど新しい材料や各種香料がもたらされ、菓子も飛躍的な進歩をすることとなりました。

フランスでは、タルト等のお菓子、スペインではカステラやコンペイ糖等のコンフィズリー(糖菓)、チョコレート、イタリアでは暑い夏をしのぐために氷菓(シャーベット)等が発達しました。

当時、文化の先進地はローマの伝統を受け継ぐイタリアでしたが、政治的にはフランスが次第に力をつけ、イタリア、スペイン、オーストラリア、ポーランドなどの各国がフランスと政略的な婚儀を交わしあいました。

それにともない、それぞれ各国・各地で作られてきた菓子がフランスに集りました。

その典型が、1533年に行われたフランスのアンリ2世とイタリア・メディチ家出身のカトリーヌ・ド・メディシスとの間の婚儀です。

メディチ家は 当時文化的に進んでいたイタリアの全ての生活様式を供にさせて彼女を嫁がせたのです。
 
お菓子についても、氷菓(シャーベット)、マコロン、ビスキュイなどの菓子が持ち込まれたばかりでなく、作り手である、製菓職人もフランスに伴われていきました。

また、1615年スペインの王女アンヌ・ドートリッシュがフランスのルイ13世に嫁したときチョコレートが初めてフランスにもたらされました。 

フランス・ブルボン王朝時代

アンリ4世が長い間続いていたフランス国内の混乱をおさめ、ブルボン王朝を開きました。

このブルボン王朝の下で料理や菓子を含めた華麗な近代フランス文化が花開きます。

その最盛期が、70年余にも及んだルイ14世の治世期です。パイを始め様々な新しいお菓子が生まれました。

現代の菓子の中核は、この時代フランスのブルボン王朝の時に形作られました。今の世に、料理や菓子を語るに当たって、フランス料理、フランス菓子と言われるゆえんです。

一方、ハプスブルグ家の支配によるオースリアでもウイーンを中心として宮廷文化が開花し、レベルの高い数々のお菓子が生まれました。

近代~現代

1789年のフランス革命まで、お菓子を食べることは貴族や一部富裕層の特権でした。

蜂蜜、砂糖等の素材は高価であり、しばしば特別な贈り物とされていました。

しかし、革命後、菓子職人達はもう雇ってくれる人々がいなくなり、やむを得ず店を開きました。

1800~1815年の間、製菓職人の露店数がフランス全土で増加したといわれています。

市民社会の成立で大都市はだんだん変化していき、その変化に対応して小さな露店が本格的な店舗となっていきました。

この時期以降、従来高級品で上流社会の人々のみの貴重品だったお菓子がやっと庶民にも広がっていきました。フランス革命後、お菓子もまた社会革命を起こしたのです。

20世紀にはいって、製造技術・冷蔵技術・流通技術の発展と相まって、手作りの商品はもちろん、大量生産のものや、日もちの良いもの・しないもの等各種多様のお菓子が出回り、菓子店舗も発達し広く一般に親しまれるものとなり今日に至っています。

参考図書

  • 菓子の事典 小林彰夫、村田忠彦編 朝倉書店 2000年
  • 洋菓子の世界史 吉田菊次郎 製菓実験社 1986年
  • 西洋菓子彷徨始末 吉田菊次郎 朝文社 1994年
  • 菓子の文化史 鈴木信太郎 光琳書院 昭和46年
  • 名前が語るお菓子の歴史 ニナ・バルビエ、エマニュエル・ペレ著 北代美和子訳 白水社 1999年

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